「もう一案、別の角度から出してみて」。販促の小さな企画や部署の業務改善を任されたとき、上司にこう言われて固まった経験はありませんか。最初の案は出せても、そこから先が続かない。これは、あなたの発想力が乏しいからではありません。アイデアの「広げ方」を、まだ手順として持っていないだけです。
前の講座「発想を止める3つの思い込み」では、保守性・同調・自己中心性という思い込みが発想にフタをすることと、その外し方を扱いました。フタを外しても、いざ「別案を出そう」とすると、また同じような案ばかり浮かぶ。今度は、案を意図的に増やす道具が要ります。
この講座でお伝えするのは、制約と分解で別案を広げる型です。「制約があると自由に発想できない」というのが一般的な感覚ですが、実は逆です。あえて制約をかけ、対象を要素に分解して1つずつ手を入れると、ひとりでも別案を量産できます。アイデアは、降ってくるのを待つものでも、センスで決まるものでもありません。手順で出せます。
読み終えたあなたは、次の3つができるようになります。
- なぜ「制約」がアイデアを生むのかを、自分の言葉で説明できる
- 対象を要素に分解し、各要素に代用・修正・削ぎ落としを当てて別案を作成できる
- 身近な業務を1つ選び、制約と分解で別案を出すワークを自分で実践できる
この講座は最後まで、「毎月配っている店舗向けの紙のチラシを、別案で作り直す」という、たった1つの題材だけで進めます。同じチラシを、道具を1つずつ当てながら別案に変えていきます。
この講座のポイント
- なぜ制約がアイデアを生むのかを、自分の言葉で説明できる
- 対象を要素に分解し、各要素に代用・修正・削ぎ落としを当てて別案を作成できる
- 身近な業務を1つ選び、制約と分解で別案を出すワークを自分で実践できる
制約があるからアイデアが出る
「自由に考えていい」と言われた瞬間に、かえって何も浮かばなくなる。まず、その正体から押さえましょう。
この章のゴール
この章を読み終えると、なぜ制約がアイデアを生むのかを、自分の言葉で説明できるようになります。
「自由に発想して」では、いつもの案しか出ない
「何でもいいから新しいチラシ案を」と言われると、たいてい、いつもの延長線上の案が出てきます。色を変える、写真を大きくする、クーポンを足す。それ自体は悪くありませんが、「別の角度から」にはなっていません。
理由は、私たちの脳に「慣れ・固定観念・バイアス」という強力なフィルターがかかっているからです[I-2]。前の講座で見た思い込みも、このフィルターの一種です。何の枠もないと、脳は楽な道、つまり過去に通った道を選びます。だから「自由に」ほど、いつもの案に戻るのです。
ここで効くのが、外から特定の視点を強制的に与えることです。あえて制約をかけると、脳はその制約の中で答えを探し始め、フィルターを突破した発想が生まれます[I-2]。「自由に」より「この条件で」のほうが、別案は出やすいのです。
制約は「強制的に視点を変える問い」になる
制約と聞くと、発想を縛るものに思えます。実際は逆で、制約は「いつもと違う場所を見ろ」と脳に命じる問いとして働きます。
チラシの例で試します。「紙を使わずにチラシの役割を果たすには?」という制約をかけると、紙という前提が外れ、店頭のデジタルサイネージ、レジ袋への印刷、店員の口頭案内、といった案が出ます。「印刷費を半分にするには?」なら、サイズ縮小、両面1枚化、配布枚数を絞った手渡し、と別の方向が見えます。制約ごとに、脳が探しにいく場所が変わるのです。
ここでつまずきやすい
制約を「できない理由」として使ってしまうと、発想は止まります。「予算がないから無理」ではなく、「予算がないなかで役割を果たすには?」と問いの形に直してください。制約は、案を却下する材料ではなく、案を探す方向を決める道具です。
効かせるコツは「あえて極端に」
制約をかけても、「少し小さく」「ちょっと安く」程度だと、枠の中の微調整で終わってしまいます。固定観念を外すには、あえて極端な制約を置くのがコツです[I-2]。
「予算を10分の1にしたら?」「チラシを1枚も刷れないとしたら?」「文字を3語しか使えないとしたら?」。現実には極端すぎる仮定でも、本気で考えると、いつもの枠の外に強制的に押し出されます。極端な案は、あとで現実に合わせて引き戻せばいい。まず枠を出ることが目的です。なお、ここで出した案を「コストがかかる」「実現できない」と批判するのは早すぎます。発想と評価は切り分け、いまは出し切ることに集中します[I-2]。
この章の確認(演習)
お題:例のチラシに、極端な制約を1つかけて問いを作ってください。
「予算ゼロなら」「紙を使えないなら」など、現実には厳しい制約を1つ選び、「〜するには?」という問いの形に直します。その問いから案が1つでも出れば、制約が発想の道具として働いた証拠です。
分解して、要素ごとに置き換える
制約で視点を変えられるようになったら、次は、対象そのものを細かく分けて、手を入れる場所を増やします。
この章のゴール
この章を読み終えると、対象を要素に分解し、各要素に代用・修正・削ぎ落としを当てて別案を作成できるようになります。
まず対象を要素に分解する
「チラシを変える」とひとかたまりで考えると、手を入れる場所が見えません。そこで、チラシを要素に分解します。たとえば、紙という「材料」、配るという「手段」、掲載する「情報」、配る「相手」、配る「タイミング」。こう分けると、それぞれが別案を出す入口になります。
要素に分けると、「チラシ全体をどうするか」という大きすぎる問いが、「材料をどうするか」「手段をどうするか」という小さな問いの集まりに変わります。小さな問いほど、答えは出しやすくなります。
各要素に「代用・修正・削ぎ落とし」の問いを当てる
分解した要素1つずつに、決まった問いを当てていきます。ここでは、別案を出す問いのうち代表的な3つを使います。いずれも、アイデアを強制的に出すための問いとして古くから整理されてきたものです[I-1][I-2]。
- 代用する(Substitute)……材料・手段・人・場所・時間を、別のものに置き換えられないか
- 修正する(Modify)……大きく/小さく、強く/弱く、速く/遅く、変えられないか
- 削ぎ落とす(Eliminate)……機能やプロセスを、なくす・減らす・最小化できないか
例のチラシに当ててみます。
- 代用……材料「紙」を、店頭のデジタル画面やレジ袋の印刷に置き換える。手段「ポスティング」を、店員の口頭案内に置き換える。
- 修正……情報「全商品の一覧」を、目玉商品1つだけに絞って大きく見せる。配るタイミングを、月初から給料日後に変える。
- 削ぎ落とし……クーポンの種類を1つに減らす。あいさつ文や会社情報をなくし、要件だけにする。
1つの要素に3つの問いを当てるだけで、これだけの別案が出ます。要素が5つあれば、機械的に15通りの入口ができる計算です。発想の量は、ひらめきの回数ではなく、「要素の数 × 問いの数」で決まります。
ここでつまずきやすい
「いい案を1つ出そう」と最初から質を求めると、手が止まります。この段階の目的は、質ではなく量です。要素 × 問いのマスを機械的に埋め、変な案・極端な案もそのまま書き出してください。選ぶのは後の工程です。
公開されている事例で、置き換えの感覚をつかむ
身近な企業の商品にも、この置き換えの跡が見えます。バンズを米に置き換えたモスバーガーのライスバーガー(1987年発売)は、材料の「代用」です[I-1]。集じん方式を変えたダイソンのサイクロン掃除機は「修正」、機内サービスを削った格安航空(LCC)やレジ精算をなくしたAmazon Goは「削ぎ落とし」にあたります[I-1]。いずれも、既存のものの要素を1つ取り出し、問いを当てて置き換えた結果です。あなたがチラシの要素に問いを当てるのと、構造は同じです。
この章の確認(演習)
お題:例のチラシを3つ以上の要素に分解し、各要素に代用・修正・削ぎ落としを当ててください。
要素を縦に、3つの問いを横に並べた表を作り、マスを埋めます。半分以上のマスに案が書ければ、分解して置き換える型が使えています。空くマスがあっても、無理に埋めず先に進んでかまいません。
自分の業務で別案を出してみる
道具がそろいました。最後は、例のチラシではなく、あなた自身の業務で、制約と分解を実際に動かします。
この章のゴール
この章を読み終えると、身近な業務を1つ選び、制約と分解で別案を出すワークを自分で実践できるようになります。
題材は「いつもの当たり前」を1つ選ぶ
別案出しの題材は、大きな改革テーマである必要はありません。むしろ、毎週の定例会議、いつも同じ形式の月次報告、決まった手順の問い合わせ対応など、「当たり前すぎて疑っていない業務」が向いています。当たり前のなかにこそ、慣れのフィルターがかかっているからです。
制約と分解を続けて回す
選んだ業務に、これまでの2つの道具を順番に当てます。
- 極端な制約をかける……「この会議を半分の時間でやるには?」「報告を口頭ゼロ・文書だけにするには?」と、極端な問いを1つ置く。
- 要素に分解する……その業務を、目的・参加者・手段・タイミング・成果物などの要素に分ける。
- 各要素に問いを当てる……代用・修正・削ぎ落としを1つずつ当て、マスを埋める。
- 量を確保してから止める……まず10案を目標に出し切る。批判はしない。
ここでも、発想と評価は切り分けます。「実現できない」「前例がない」という声は、出し切ったあとに回します[I-2]。いま却下すると、後から効く種まで捨ててしまいます。
出した案は1枚に書き留める
出た別案は、頭の中に置かず、1枚の紙にすべて書き出します。要素 × 問いの表のまま残せば、どの問いからどの案が出たかを後で見返せます。この一覧が、次の工程――広げた案を絞り込み1つに選ぶ作業の入り口になります。
ここでつまずきやすい
「これは前に却下された」「上司が嫌がりそう」と、書く前に自己検閲してしまう。発想の段階では、実現可能性も社内事情もいったん脇に置きます。荒唐無稽な案も含めて書き切ることが、結果として使える案にたどり着く近道です。
この章の確認(演習)
お題:自分の業務を1つ選び、制約と分解で別案を10個出してください。
極端な制約を1つかけ、業務を要素に分解し、各要素に代用・修正・削ぎ落としを当てて、案を10個書き出します。10個に届けば、量を出す型が回せています。届かなくても、出した数だけ前進です。明日、実際の業務で1度やってみることが目標です。
まとめ
おつかれさまでした。「毎月配っている店舗向けの紙のチラシを、別案で作り直す」という1つの題材で、別案を広げる型を組み立ててきました。歩いてきた道を、1枚に整理します。
- 制約で視点を変える(第1章)……「自由に」ではいつもの案しか出ない。あえて極端な制約を問いの形でかけ、脳のフィルターを突破する。
- 分解して置き換える(第2章)……対象を要素に分け、各要素に代用・修正・削ぎ落としの問いを当てる。発想の量は「要素 × 問い」で決まる。
- 自分の業務で回す(第3章)……当たり前の業務を1つ選び、制約と分解を続けて回し、批判せず10案出し切る。
この講座でいちばん覚えてほしいひと言は、これです。
アイデアは、降ってくるのを待つのではなく、制約と分解で取りにいく。
明日の最初の一歩:自分の業務を1つ選び、「これを半分にするには?」と極端な制約を1つかけて、別案を3つだけ書き出してみてください。3つ出せたら、それがあなたの発想が手順で動いた証拠です。
次の講座へ:代用・修正・削ぎ落としの3つに加え、組み合わせ・応用・転用・再構成まで含めた7つの問いの型(SCAMPER)を、次の講座「別案を出す型②——組み合わせと転用で広げる」で扱います。広げる道具をひととおりそろえ、そのあとで「広げた案を絞る」工程へ進みます。
よくある質問
アイデアを出すのにセンスは必要ですか?
必要ありません。発想は、制約をかける・要素に分解して置き換えるという手順で量を出せます。センスの有無ではなく、手順を持っているかどうかの差です。
制約があると発想が縛られませんか?
逆です。何の枠もないと脳は慣れた案に戻ります。あえて制約をかけると、脳がその枠の中で別の答えを探し始め、いつもと違う案が出ます。
出した別案がどれも実現できなさそうなときは?
発想の段階では実現性を問いません。荒唐無稽な案も書き切り、実現できるかどうかの判断は案を出し切った後の絞り込み工程に回します。