交渉の基本

交渉の基本

「開発チームに、エンジニアを2週間だけ貸してもらえませんか」——勇気を出してそう頼んだら、「いや、うちも今リリース前で無理です」と即答され、もう一押しする言葉も出てこなくて、気まずく引き下がった。配属されて何年か経ち、他部署や取引先との調整を任されるようになって、こんな経験はありませんか。

交渉というと、「押しの強さ」「うまい話術」「相手を言い負かす度胸」のことだと思っていませんか。そう思っていると、いまの場面のように、要求を正面からぶつけ合って、一往復で終わってしまうのです。強く出れば角が立つし、引けば損をする。どちらもイヤだ——もしそう感じているなら、それはあなたの交渉が下手なのではありません。交渉を「勝ち負けの押し合い」だと誤解しているだけです。

この講座でいちばん伝えたいことは、ひとつです。交渉は“勝ち負け”ではなく“すり合わせ”。ぶつけるのは立場ではなく、利害。交渉とは、相手を言い負かして要求を通すことではなく、お互いが本当は何を満たしたいのか(これを「利害」と呼びます)を整理して、双方が納得できる落とし所を一緒に探す共同作業です。出発点は、話術でも度胸でもありません。「お互いの利害の整理」です。この講座を読み終えたあなたは、次の3つができるようになります。

  1. 交渉を「話術で押し切る勝ち負け」ではなく、相手の要求の奥にある“利害”を整理して、双方が納得できる落とし所を探す共同作業として説明でき、ある場面で「立場」と「利害」を書き分けられる
  2. 交渉の前に、自分の利害と優先順位/相手の利害の想像/BATNA(決裂したときの代わりの手)/譲れる点・譲れない点を、交渉準備シートに整理できる
  3. 双方の利害が両立する重なりの範囲があるかを見極め、立場で1点を奪い合うのではなく、利害を満たす選択肢を複数作って落とし所を探せ、対話では人と問題を分けて、相手の利害を引き出し、自分の利害を伝えられる

この講座は最後まで、「若手リーダーの大樹(だいき)さんが、隣の開発チームのリーダー・優子(ゆうこ)さんに、新サービスの締め切りのため、エンジニアを2週間貸してほしいと頼む」という、たった1つの場面だけで説明します。この同じ場面を、交渉とは何か→どう準備するか→どう落とし所を探すか→どう対話するか、と1ステップずつ進めていきます。各章末には手を動かす演習を置き、交渉準備シートを実際に埋めながら進められるようにしています。準備シートは下の案内からダウンロードできるので、いま自分が抱えている調整ごとを思い浮かべながら読んでみてください。

第1章:交渉とは何か——「立場」でぶつからず「利害」で考える

まずは、「無理です」で一往復で終わってしまうモヤモヤの正体を、はっきりさせましょう。交渉という言葉を、「押しの強さ」のイメージから、自分で使える型に変える土台の章です。

この章のゴール

この章を読み終えると、交渉を「勝ち負け」ではなく、互いの利害を満たす落とし所を探す共同作業として自分の言葉で説明でき、ある場面で「立場(表面の要求)」と「利害(その奥で満たしたいこと)」を書き分けられるようになります。

「無理です」で一往復で終わる正体

大樹さんは、優子さんに「エンジニアを2週間貸してください」と頼みました。優子さんは「無理です」と即答。大樹さんは「そこを何とか」と一押しして、また「無理なものは無理」と返され、気まずくなって引き下がる——。よくある光景です。

この交渉が一往復で終わったのは、大樹さんの押しが弱かったからではありません。二人が、お互いの「要求」だけをぶつけ合っていたからです。「2週間貸して」と「貸せない」。この2つは、まっこうから対立する要求です。要求と要求がぶつかれば、あとは押すか引くかしかありません。これが、交渉を「勝ち負けの押し合い」にしてしまう正体です。

ここで覚えてほしい背骨は、ひとつです。交渉は“勝ち負け”ではなく“すり合わせ”。ぶつけるのは立場ではなく、利害。この「立場」と「利害」という2つの言葉が、この講座のいちばんの土台になります。

交渉とは、利害をすり合わせて落とし所を探すこと

交渉とは、相手を言い負かして自分の要求を通すことではありません。お互いが本当は何を満たしたいのかを出発点に、双方が納得できる落とし所を一緒に探すことです。理想は、「どちらかが勝って、どちらかが負ける」ではなく、「双方の満たしたいことが、両方とも満たされる」状態です。

この考え方は、ハーバード大学で交渉を研究したロジャー・フィッシャーとウィリアム・ユーリーが、著書『ハーバード流交渉術』(原書 Getting to Yes)で示したものとして知られています。彼らは、交渉でうまくいく人は「立場」で押し合うのではなく「利害」に目を向けている、と整理しました。むずかしい話ではありません。要は、「何を要求しているか」ではなく「なぜそれが欲しいのか」を見る、ということです。

ここで先回りして、いちばんありがちな誤解を潰しておきます。「交渉=話術で押し切る・言い負かすこと」という思い込みです。話術や押しの強さは、交渉の本体ではありません。本体は、その前の「準備」と「利害の整理」にあります。言い負かして通した要求は、相手が納得していないので、結局あとで蒸し返されたり、関係が悪くなったりします。交渉のゴールは「勝つこと」ではなく、「双方が気持ちよく実行できる合意」をつくることなのです。

「立場」と「利害」を分ける——ゼロサムの錯覚を外す

では、カギになる2つの言葉を、はっきり分けましょう。

言葉意味大樹さんの例
立場(表面の要求)口に出している主張・要求「エンジニアを2週間貸して」
利害(奥で満たしたいこと)なぜそれが欲しいのか、本当の事情「来月の公開に、決済機能の実装を間に合わせたい」

立場は、口に出している要求そのものです。「2週間貸して」「貸せない」。利害は、その奥にある「なぜ」です。大樹さんが2週間ほしいのは、2週間という時間そのものが目的ではありません。本当に満たしたいのは「来月の公開に、決済機能を間に合わせること」。一方の優子さんが「貸せない」と言うのも、意地悪ではなく、「自分のチームのリリース品質を落としたくない」「メンバーを疲れさせたくない」という事情(利害)があるからです。

ここが肝心です。立場同士は、まっこうから対立します。でも、奥の利害は、必ずしも対立していません。大樹さんの「期日に間に合わせたい」と、優子さんの「自分のチームの負担を増やしたくない」は、両立できる余地があります。立場のレベルで見ると「奪い合い」ですが、利害のレベルで見ると「一緒に解ける問題」になるのです。

このとき外しておきたいのが、「相手が得したら、自分が損する」という思い込みです。決まった大きさのケーキを奪い合う発想を、分配型(ウィン・ルーズ=どちらかが勝ち、どちらかが負ける)と言います。でも、交渉はいつもケーキの奪い合いとは限りません。お互いの優先順位が違えば、それを交換することで、ケーキそのものを大きくできる。これを統合型(ウィン・ウィン=双方が得する)と言います。「相手が得したら自分が損」は、思い込みであることが多いのです。

交渉の世界では、こんなたとえもよく使われます。1個のオレンジを2人で取り合っていたが、よく聞くと、一方は皮でマーマレードを作りたく、もう一方は実でジュースを作りたかった——だったら、皮と実で分ければ、両方が満たされる、というものです。立場(オレンジ1個がほしい)は対立していても、利害(皮/実)は両立する。まさにこの講座の話です。

この章の確認(演習)

共通例で、大樹さんと優子さんそれぞれの「立場(表面の要求)」と、その奥の「利害(本当に満たしたいこと)」を、書き分けてみてください。

  • 大樹さんの立場:_____/利害:_____
  • 優子さんの立場:_____/利害:_____

そのうえで、「交渉とは、立場でぶつかることではなく、奥の利害を整理して落とし所を探すことだ」を、自分の言葉で1〜2行に書いてみます。要求からではなく「なぜ」から見る感覚を、自分の手で言葉にできたら、この章はゴールです。

第2章:準備が9割——自分と相手の利害を棚卸しし、BATNAを持つ

立場と利害を分けて見られるようになったら、次は準備です。交渉は、席に着く前にほとんど決まっています。

この章のゴール

この章を読み終えると、交渉の前に、自分の利害と優先順位/相手の利害の想像/BATNA(決裂したときの代わりの手)/譲れる点・譲れない点を、交渉準備シートに整理できるようになります。

交渉は、席に着く前に9割決まる

第1章で、大樹さんは「お願いベース」の勢いで優子さんのところへ行き、一往復で撃沈しました。あれは、その場の話術が足りなかったのではなく、準備していなかったのが原因です。何を満たしたいのか、相手は何を嫌がるのか、断られたらどうするのか——これを決めずに行くと、相手の「無理です」の一言で、すべてが崩れます。

逆に言えば、準備さえしておけば、本番は「準備したことを、落ち着いて差し出すだけ」になります。準備には、4つの柱があります。順に見ていきましょう。

準備の柱①②:自分の利害と優先順位、相手の利害の想像

柱①は、自分の利害と優先順位です。ここで大事なのは、「要求(立場)」ではなく「満たしたい中身(利害)」を書くこと、そして「どれが最優先か」を決めることです。大樹さんの場合、満たしたいことは2つあります。「来月の公開に決済機能を間に合わせる」(これは絶対)と、「できればチームの学びにもしたい」(あればうれしい)。この2つに優先順位をつけておくと、本番で「何を守り、何を譲れるか」がブレません。

柱②は、相手の利害の想像です。相手は何に困っていて、何を守りたいのか。大樹さんが優子さんの立場で考えると、「リリース品質を落としたくない」「メンバーを疲れさせたくない」「こちらばかりが恩を出すのは避けたい」あたりが想像できます。これが分かっているのと、いないのとでは、出せる提案がまるで違います。想像がつかなければ、「当日、本人に質問して確かめる」とメモしておけば大丈夫です。

準備の柱③④:BATNA(決裂時の代わりの手)と、譲れる/譲れない

柱③は、BATNA(バトナ)です。聞き慣れない言葉だと思いますが、意味はシンプルで、「この交渉が決裂したときの、自分の最善の“代わりの手”」のことです。英語の頭文字なので、言葉自体は覚えなくてかまいません。「ダメだったときの、次の一手」と覚えてください。

このBATNAが、交渉ではとても効きます。大樹さんのBATNAを考えてみましょう。たとえば「外部のフリーランスに2週間だけ委託する」「公開を1週間うしろにずらす」。こうした代わりの手を1つでも用意しておくと、もし優子さんに断られても、大樹さんは詰みません。次の手があるから、無理な条件を飲まずに済むし、「ここまで譲ったら、外部委託のほうがマシだ」という引き際の線も引けます。断られたら打つ手なし、という背水の陣で行くと、相手に足元を見られます。BATNAは、その逆の余裕をくれるのです。

柱④は、譲れる点と譲れない点の切り分けです。大樹さんなら、譲れないのは「決済機能の期日」。逆に、譲れるのは「誰が・どんな形で手伝うか」という手伝い方です。期日さえ守れるなら、手伝い方の形にはこだわらない——こう切り分けておくと、次の章で出てくる「選択肢づくり」が一気にラクになります。

ここまでの4つを、1枚にまとめたものが「交渉準備シート」です。大樹さんのシートは、こうなります。

準備項目大樹さんの記入例
① 自分の利害と優先順位最優先=来月公開に決済機能を間に合わせる/次点=チームの学びにもしたい
② 相手(優子さん)の利害の想像リリース品質を守りたい/メンバーを疲れさせたくない/一方的に恩を出したくない
③ BATNA(決裂時の代わりの手)外部フリーランスに2週間委託する/公開を1週間ずらす
④ 譲れない/譲れる譲れない=決済機能の期日/譲れる=誰がどう手伝うか(手伝い方の形)

この章の確認(演習)

共通例について、交渉準備シートに、大樹さんの立場で記入してみてください(①自分の利害+優先順位/②相手の利害の想像/③BATNA/④譲れる・譲れない)。慣れてきたら、いま自分が実際に抱えている調整ごとでも書いてみましょう。このシートは、この講座のCTA(交渉準備シート)としてダウンロードでき、次の交渉でそのまま使えます。席に着く前に、紙の上で一度交渉しておく——それが、いちばん効く準備です。

第3章:落とし所を探す——重なる範囲を見つけ、選択肢を複数作る

準備で弾がそろいました。いよいよ、双方が「これなら」と言える落とし所を探します。ポイントは、1点を奪い合うのをやめることです。

この章のゴール

この章を読み終えると、双方の利害が両立する合意できる範囲があるかを見極め、立場で1点を奪い合うのではなく、利害を満たす選択肢を複数作って落とし所を探せるようになります。

落とし所は「重なりの範囲」の中にある

まず確かめたいのは、そもそも合意できる余地があるかです。大樹さんにも優子さんにも、「これ以上は引けない線」があります。この線は、実は前章のBATNAで決まります。大樹さんなら「外部委託よりマシな条件でなければ意味がない」、優子さんなら「自分のチームのリリースが危うくなるなら論外」。

この、双方の「引けない線」の間に重なりがあれば、そこが落とし所の候補ゾーンになります。交渉の世界では、この重なりの範囲をZOPA(ゾーパ)と呼びます。これも言葉は覚えなくてよく、「双方が折り合える条件の範囲」と思ってください。逆に、重なりがまったく無いときは、いくら粘っても合意はできません。そのときは、ねばらずに用意したBATNA(外部委託など)に切り替えるのが正解です。「重なりがあるか、まず見る」——これが落とし所探しの最初の一歩です。

立場の綱引きをやめ、利害を満たす選択肢を複数作る

重なりがありそうなら、次は選択肢づくりです。ここでやってしまいがちなのが、「2週間か、0か」という1つの論点での綱引きです。綱引きをすると、行き着く先は「間を取って1週間」あたり。でも、これは大樹さんにとっては人手が中途半端、優子さんにとっては負担が残る、と双方が中途半端に不満な妥協になりがちです。

そうではなく、利害を満たす選択肢を、複数つくります。コツは、第2章で整理した「優先順位の違い」を交換材料にすることです。大樹さんがいちばん大事なのは「期日」。優子さんがいちばん大事なのは「自チームの負担を増やさないこと」。だったら、「負担を抑えつつ、期日を満たす形」を作れば、両方の最優先が立ちます。大樹さんが出せる選択肢を並べてみましょう。

選択肢内容評価
Aエンジニア1人を2週間フルで借りる優子さんの負担が大きく、断られる(NG)
B決済に詳しい1人に、最初の1週間だけ設計レビューとペアプロで入ってもらい、実装とテストは大樹チームが巻き取る優子さんの負担は小さく、大樹さんの期日も守れる
Cお返しに、優子チームの次の繁忙期は、大樹チームが2週間手伝う「一方的に恩を出したくない」を解消できる

AはNGですが、BとCを組み合わせれば、大樹さんの利害(期日)も、優子さんの利害(負担を増やさない・お互い様)も、両方が立ちます。これが落とし所です。1点の綱引きでは決して出てこなかった答えが、「利害を満たす選択肢を複数出す」ことで見えてきました。これが、ケーキを奪い合うのではなく、ケーキを大きくする(統合型・ウィン・ウィン)ということです。

客観的な基準で「フェアさ」を裏づける

選択肢が出たら、最後に「なぜこれがフェアなのか」を、力ではなく客観的な基準で裏づけます。押しの強さで通そうとすると、相手は「言いくるめられた」と感じ、あとで崩れます。そうではなく、たとえば「決済機能は会社の今期の最優先テーマだ」「工数を見積もると、初週の設計レビューがいちばん効く」「前回は、こちらが優子チームを手伝った実績がある」——こうした、誰が見ても納得できる物差しを添えるのです。客観的な基準があると、提案が「ごり押し」ではなく「筋の通った相談」になり、次の章の対話で、相手にも説明しやすくなります。

この章の確認(演習)

共通例で、大樹さんと優子さんが両者納得できる選択肢を、自分で3つ書き出してみてください。そのうち、「優先順位が違う利害の交換」になっているもの(=片方が大事にしていることを、もう片方が無理なく差し出せるもの)に○をつけます。もし、どうしても重なりが無さそうだと感じたら、大樹さんはどのBATNAに切り替えるかを1行で書いてみましょう。1点の綱引きから、選択肢づくりへ——頭の切り替えを、自分の手で練習しておきます。

第4章:対話の進め方——人と問題を分け、利害を引き出し伝える

準備をして、落とし所の見当もついた。最後は、それを実際の対話で動かします。同じ提案でも、伝え方ひとつで、通るか・こじれるかが変わります。

この章のゴール

この章を読み終えると、感情的に対立せず、人と問題を分け、相手の利害を質問で引き出し、自分の利害を「立場」ではなく「理由」で伝え、合意を具体的な言葉で確認できるようになります。

「あなた対私」ではなく「私たち対問題」

交渉は、最後は人と人の対話です。ここでいちばん大事なのは、相手を「言い負かす敵」ではなく「一緒に問題を解く仲間」として扱うことです。これを「人と問題を分ける」と言います。

「お互い様でしょ」「前にこっちが手伝ったのに」と相手の態度を責め始めると、話は「あなた対私」の対立になり、問題そのものが置き去りになります。そうではなく、解くべき問題(=期日も負担も両立させる方法)を二人の前に置いて、「あなた対私」ではなく「私たち対問題」の構図に持っていく。相手の事情(リリース前で大変なこと)は、責めるのではなく、まず認める。これだけで、相手の身構えがぐっと下がります。

相手の利害を質問で引き出し、自分の利害は「理由」で伝える

次に、第1章で分けた「立場」と「利害」を、対話の中で実際に動かします。

相手が「無理です」(立場)と言ったら、そこで止めず、奥の利害を質問で引き出します。「なぜ難しいですか?」「何が満たせれば、前に進められそうですか?」。こう聞くと、「実はメンバーが疲れていて」「品質を落とすわけにはいかなくて」と、本当の事情が出てきます。これが分かれば、第3章の選択肢のどれが刺さるかが見えます。

自分の側は、要求(立場)を繰り返すのをやめて、「理由(利害)」で伝えます。違いを比べてみましょう。

言い方相手の受け取り方
立場で押す「2週間貸してくださいよ、お互い様でしょ」圧をかけられた。守りたくなる
利害(理由)で伝える「来月の公開に、決済だけはどうしても間に合わせたくて。一番詳しい方の知恵を借りられませんか」事情は分かった。一緒に考えてもいい

同じ「手伝ってほしい」でも、理由から伝えると、相手は「敵の要求」ではなく「一緒に解く問題」として受け取れます。大樹さんの最初のひと言は、こうなります。「優子さんのチームも、リリース前で大変ですよね(人と問題を分ける)。来月の決済公開だけは、どうしても外せなくて(自分の利害=理由)。優子さんのチームの負担を増やさずに乗り切る方法を、一緒に考えられませんか(私たち対問題)。たとえば、最初の1週間だけ設計を見てもらえると…(選択肢の提案)」。

合意は「誰が・何を・いつまでに」で言葉にする

対話が進み、落とし所が見えたら、最後にもうひと手間かけます。合意を、具体的な言葉にして確認することです。「じゃあ、よろしくで」と口頭でふんわり終えると、あとで「言った/言わない」になり、せっかくの合意が崩れます。

確認のコツは、「誰が・何を・いつまでに」の形にすることです。大樹さんと優子さんなら、こうです。「では、◯◯さんに最初の1週間だけ設計レビューに入ってもらい、実装とテストはこちらが担当します。お返しに、次の繁忙期は私たちが2週間手伝います。この内容で、今週中にお互いの上長にも共有しますね」。ここまで言葉にして初めて、交渉は「合意」として実行に移せます。

立場でぶつかって一往復で終わった第1章の大樹さんが、利害を整理し、準備し、選択肢を作り、人と問題を分けて対話することで、双方が「これなら」と言える合意にたどり着きました。これが、交渉の一周です。

この章の確認(演習)

共通例で、大樹さんの依頼の最初のひと言を、「人と問題を分ける+自分の利害(理由)+一緒に考える誘い」の形で、自分で書いてみてください。さらに、合意できたとして、その合意を「誰が・何を・いつまでに」の形で1文に書いてみます。要求をぶつける言い方を、相手と並んで問題を解く言い方に置き換える——その感覚を、自分の手で定着させましょう。

まとめ:交渉は“勝ち負け”ではなく“すり合わせ”

おつかれさまでした。「大樹さんが、優子さんにエンジニアを2週間借りる」という、たった1つの場面を、交渉とは何か→どう準備するか→どう落とし所を探すか→どう対話するか、と1ステップずつ歩いてきました。最初は「2週間貸して」「無理です」で一往復で終わっていた交渉が、最後は双方が「これなら」と言える合意に着地しました。何が変わったのか、振り返ります。

  1. 交渉とは何か……相手を言い負かすことではなく、立場(表面の要求)の奥にある利害(本当に満たしたいこと)を整理して、双方が納得できる落とし所を一緒に探す共同作業。ぶつけるのは立場ではなく、利害(第1章)。
  2. 準備が9割……席に着く前に、自分の利害と優先順位、相手の利害の想像、BATNA(決裂時の代わりの手)、譲れる/譲れないを、交渉準備シートに整理しておく(第2章)。
  3. 落とし所を探す……双方の「引けない線」の重なりがあるかを見て、1点の綱引きをやめ、利害を満たす選択肢を複数作る。優先順位の違う利害を交換し、客観的な基準でフェアさを裏づける(第3章)。
  4. 対話の進め方……人と問題を分け(あなた対私ではなく、私たち対問題)、相手の利害を質問で引き出し、自分の利害は理由で伝え、合意は「誰が・何を・いつまでに」で言葉にする(第4章)。

この4つは、すべて1つの問いに戻ります。「いま自分は、立場(要求)でぶつかっていないか。利害(なぜ)から、すり合わせているか」。この講座でいちばん覚えて帰ってほしいのは、このひと言です——交渉は“勝ち負け”ではなく“すり合わせ”。ぶつけるのは立場ではなく、利害。これが身につくと、「押すか引くか」の二択ではなく、関係を壊さずに、双方が得をする合意を作れるようになります。

明日の最初の一歩:いま控えている交渉や調整を1つ選び、交渉準備シートに「自分の利害と優先順位/相手の利害の想像/BATNA/譲れる・譲れない」を書いてみてください。きれいにまとめる必要はありません。席に着く前に、紙の上で一度交渉しておく。それだけで、本番の落ち着きがまるで変わります。

そのために、交渉準備シート(テンプレート)をダウンロードして、次の交渉から実際に使ってみてください。なお、相手の利害を引き出す聞き方(傾聴・質問)や、複数の関係者の合意をつくるファシリテーションは、この交渉の型と地続きのスキルです。まずはこの「立場でなく利害」「BATNAを持つ」という土台を、自分の手で一度回してみましょう。それが、すべての調整ごとの土台になります。

よくある質問

交渉とは何ですか?

交渉とは、相手を言い負かして要求を通すことではなく、お互いが本当に満たしたい「利害」を整理して、双方が納得できる落とし所を一緒に探す共同作業です。

「立場」と「利害」はどう違いますか?

立場は口に出している要求そのもの(例:「2週間貸して」)、利害はその奥にある本当の事情(例:「来月の公開に決済機能を間に合わせたい」)です。立場同士はぶつかっても、奥の利害は必ずしも対立しておらず、両立できる余地があることがほとんどです。

BATNAとは何ですか?

BATNAとは「交渉が決裂したときの自分の最善の代わりの手」のことです。事前に用意しておくことで、無理な条件を飲まずに済み、交渉で余裕を持てます。

交渉は話術が上手くないとできませんか?

話術よりも「準備」と「利害の整理」が交渉の本体です。事前に自分と相手の利害・BATNA・譲れる点と譲れない点を整理しておけば、本番は準備したことを落ち着いて差し出すだけになります。

交渉で合意できたら、どう確認すればよいですか?

「誰が・何を・いつまでに」の形で合意内容を言葉にして確認することが大切です。ふんわりとした口頭だけで終えると「言った・言わない」になりやすいため、具体的な形で確認して初めて合意が実行に移せます。

監修
マナビズ編集部

マナビズ(Manabiz)編集部。AIを活用した原稿制作に加え、人間によるレビューで品質を担保しています。 編集ポリシー

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