「今度入る後輩のOJT担当、お願いね」——上司にそう言われて、あなたは初めて“教える側”になりました。最初の日、後輩の田中さんを隣に座らせ、自分がいつもやっている作業を1回やって見せて、「だいたいこんな感じ。分からなかったら聞いてね」と伝えました。ところが数日後、田中さんは同じところでつまずいています。「ちゃんと見せたのに、なんでできないんだろう」。結局あなたが手を出してやり直し、「自分でやった方が早いな…」とため息——配属されたばかりの後輩を持つと、こんな経験はありませんか。
「教えるのって、自分でやるより難しい」「何回言えば覚えてくれるんだろう」「自分は先輩の背中を見て覚えたんだけどな」「どこまで任せていいのか分からない」。その気持ち、よく分かります。でも、安心してください。教えるのが上手い先輩と、「教えたのにできない」と悩むあなたの違いは、熱意でもセンスでも、相手のやる気でもありません。教える内容を手順に分けて→やってみせて→やらせてみて→少しずつ任せる、という“順番(型)”を持っているかだけです。難しい理論はいりません。1枚の地図を、1つの作業で歩くだけです。
OJT(オージェイティー、On-the-Job Training)とは、職場で、実際の仕事を通じて、先輩が後輩を計画的に指導し、一人でできるようにすることです。机を離れた集合研修(Off-JT)と違って、実際の仕事の場で教えます。ここで大事なのは「計画的に」という点。「背中を見て覚えろ」と運任せにするのではなく、教える側が順番を設計するのがOJTです。この講座を読み終えたあなたは、次の3つができるようになります。
- OJTを「自分の作業を見せること」ではなく、「手順に分ける→やってみせて、やらせてみる→少しずつ任せる」で後輩が一人でできるまで導く意図的な指導として、自分の言葉で説明できる
- 教える作業を、①主なステップ(何をするか)②急所(成功・安全・やりやすさを分けるコツ=どうやるか)③急所の理由(なぜ大事か)の3点に分解して1枚に書き出せる
- 分解した作業を、やってみせる→やらせてみる→本人に理由を言わせて確かめる→少しずつ任せる範囲を広げるという段階で教える手順を説明でき、丸投げでも過干渉でもない段階的な任せ方で後輩を一人立ちまで導く進め方を説明できる
この講座は最後まで、「後輩・田中さん(中途入社3か月)に、『お客様へ見積書をメールで送る』という定型作業を教える」という、たった1つの場面だけで説明します。この同じ作業を、OJTとは何か→手順に分ける→やってみせて、やらせてみる→少しずつ任せる、と1マスずつ地図を埋めていきます。各章末には手を動かす演習も置いているので、自分が後輩に最初に教えそうな作業を思い浮かべながら読み進めてください。手を動かすためのOJT作業分解&ステップ指導テンプレートを、無料でダウンロードしておくと、各章の演習をそのまま埋めながら進められます。
この講座のポイント
- OJTを「自分の作業を見せること」ではなく、「手順に分ける→やってみせて、やらせてみる→少しずつ任せる」で後輩が一人でできるまで導く意図的な指導として、自分の言葉で説明できる
- 教える作業を「主なステップ」「急所(コツ)」「急所の理由」の3点に分解して1枚に書き出せる
- 分解した作業を、やってみせる→やらせてみる→本人に理由を言わせて確かめるを含む段階で、実際に教える手順を説明できる
- 任せる範囲を段階的に広げ、できたことを具体的に認めながら、後輩が一人でできる状態まで導く進め方を説明できる
OJTとは「相手が一人でできるようになること」
まずは、「ちゃんと見せたのに、できない」というモヤモヤの正体を、はっきりさせましょう。OJTという言葉を、ふわっとした「教えること」のイメージから、自分で使える1枚の地図に変える土台の章です。
この章のゴール
この章を読み終えると、OJTを「自分の作業を見せること」ではなく、「手順に分ける→やってみせて、やらせてみる→少しずつ任せる」で後輩が一人でできるまで導く意図的な指導として、自分の言葉で説明できるようになります。
「ちゃんと見せたのに、できない」の正体
あなたの熱意や教え方のセンスが足りないわけではありません。多くの場合、「ちゃんと見せたのに、できない」の正体は、OJTを“自分の作業を、後輩の隣で見せること”だと捉えていて、教える順番(型)を持っていない——これだけです。
隣で1回やって見せて「こんな感じ、分からなかったら聞いてね」で済ませると、何が起きるか。田中さんから見れば、あなたの手は速くて、どこが大事なのか、なぜそうするのかが分かりません。見ているうちは「分かった気」になりますが、いざ一人でやると、宛先を間違えそうになったり、上長の承認を飛ばしたりして、つまずきます。これは田中さんの覚えが悪いのではなく、「見せた」だけで「できるようになるまで導いて」いないから起きることです。
ここで覚えてほしい背骨は、ひとつです。OJTは“見せて終わり”ではなく、後輩が一人でできて、はじめて完了。教えるとは、自分ができることを、相手が一人でできるようにすることです。この一点を最初に握っておいてください。
OJTとは「実際の仕事を通じて、一人でできるまで導く」こと
OJTとは、自分の作業をそばで見せることではありません。職場で、実際の仕事を通じて、先輩が後輩を計画的に指導し、後輩が一人でできるようになるまで導くことです。
ここで大事な言葉が「計画的に」です。厚生労働省の調査でも、OJTはわざわざ「計画的なOJT」という言葉で区別されています。裏を返せば、「背中を見て覚えろ/見て盗め」という無計画なやり方は、本来のOJTではなく、ただの運任せだということです。あなた自身、新人のころ「先輩の背中を見て覚えろ」で苦労した覚えがあるなら、それを後輩に繰り返さないことが、ここでの出発点になります。
もうひとつ、握っておきたい区別があります。「教えた」と「相手ができるようになった」は、別物だということです。あなたが見せて説明しても、田中さんが一人でできなければ、OJTのゴールには届いていません。「できないのは本人のやる気のせい」と考えるのをやめて、「教え方の側に、まだ直せるところがある」と考える——これが、相手のせいにせず前に進むための土台です。仕事の教え方の古典的な訓練(TWIと呼ばれます)も、「相手が覚えていないのは、自分が教えなかったのだ」と昔から戒めてきました。
全体像は3ステップの地図:分ける→やってみせる/やらせる→任せる
では、後輩が一人でできるまで導くには、どんな順番で進めればいいのか。順番は、この3つです。
| ステップ | やること | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| ① 手順に分ける | 教える内容を、主なステップ・急所・急所の理由に分解する | 分ける |
| ② やってみせて、やらせてみる | やって見せ、やらせて、本人に理由を言わせて確かめる | 見せる/やらせる |
| ③ 少しずつ任せる | 任せる範囲を段階で広げ、できたことを認める | 任せる |
これが、OJTの全体像=1枚の地図です。土台には「準備(何を教えるか・相手がどこまで知っているか)」があります。先輩がよく口にする「フィードバック」「育成計画」「新人の受け入れ(オンボーディング)」といった言葉も、実はこの地図の前後や中にあります。今は名前を覚えなくて大丈夫。「全部この地図の上に乗るんだな」とだけ掴んでください。資料を作る、チェックリストを用意する、といった手段は、この地図を歩くための道具で、そこからいきなり始めないのがコツです。
ここで、この講座を通して使う共通例に登場してもらいましょう。後輩・田中さんに「お客様へ見積書をメールで送る」作業を教える場面です。地図を持たない状態だと、あなたは隣で1回やって見せて「こんな感じ」で済ませてしまいます。すると田中さんは、宛先を間違えそうになり、上長承認を飛ばしてつまずく。なぜでしょう。手順に分けていない・急所を言葉にしていない・やらせて確かめていない・いきなり任せた——つまり、3ステップの地図の、どのマスも踏めていないのです。この章では、まだ中身は埋めません。地図の“枠”だけを立てておきます。空いた3つのマスを、第2章・第3章・第4章で1つずつ埋めていきます。
この章の確認(演習):自分が後輩に最初に教えそうな定型作業を1つ選び、その作業のゴールを「自分が見せる」ではなく「相手が一人でできる」という言い方で1文に書き換えてみてください。そのうえで、今その作業を後輩が一人でできない理由を、本人のせいにせず“教え方”の側で1つ書き出します(例:「急所を言葉にしていなかった」「やらせて確かめていなかった」)。OJTを“見せること”から“一人でできるまで導くこと”へ捉え直せたら、この章はゴールです。
教える内容を手順に分ける(作業分解:ステップ+急所+理由)
地図の1マス目、手順に分けるを埋めていきます。教える前の、いちばん大事な仕込みの章です。
この章のゴール
この章を読み終えると、教える作業を「主なステップ」「急所(コツ)」「急所の理由」の3点に分解して1枚に書き出せるようになります。
無意識にできる作業ほど、教えられない
いきなり教え始める前に、やっておくべきことがあります。それは、自分が無意識にやっている作業を、いったん取り出して言葉にすることです。
不思議なもので、自分がスラスラできる作業ほど、人には教えられません。なぜなら、体で覚えていて、いちいち言葉にしていないからです。見積書メールを毎日出しているあなたは、宛先や金額を「なんとなく」確認していますが、その「なんとなく」を田中さんは見えません。だから、隣で見せても伝わらないのです。教える前に、頭の中の手順を取り出して分ける——これを作業分解と呼びます。これは、仕事の教え方の古典的な訓練(TWI)で昔から使われてきた、教える側の準備の基本です。
作業分解の3要素:主なステップ/急所/急所の理由
作業分解では、作業を次の3つに分けます。
| 要素 | 何を書くか | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| ① 主なステップ | 作業を進める区切り | 何をするか |
| ② 急所 | 成功・安全・やりやすさを左右するコツ | どうやるか |
| ③ 急所の理由 | なぜそれが大事か | なぜ |
主なステップは、「テンプレを開く」「金額を転記する」のように、作業を進めていく区切りです。「何をするか」を、多くて10前後の節目に分けます。
急所は、各ステップの中で「ここを外すと失敗する・危ない・やりにくい」という、外せないコツです。急所には3つの種類があります。①成否を分ける(うまくいくか・品質を左右する)②安全(ミス・事故・トラブルを防ぐ)③やりやすくする(楽にこなすコツ)。この3つの目で、各ステップを見ていくと、急所が見つかります。
そして見落としがちなのが、3つめの急所の理由です。「なぜそれが急所なのか」を必ずセットで書きます。理由を添えるのは、理由が分かると、急所が守られ、忘れにくく、別の場面にも応用が効くからです。理由を言わずに「とにかくこうして」とだけ教えると、相手は「面倒だから」と勝手に省いてしまいます。
急所は絞る、理由は省かない
作業分解で多い失敗は、2つです。ひとつは、急所を盛りすぎること。あれもこれも大事だと全部に丸を付けると、「全部が急所=急所が無い」のと同じになります。本当に外せない点に、各ステップ1〜2個まで絞ってください。ステップによっては、急所が特に無いこともあります。
もうひとつは、理由を省くこと。急所だけ書いて理由を書かないと、「とにかくこうしろ」という命令になり、守られず・忘れられ・応用できません。手間でも、急所には必ず理由をつけます。手順は、①作業を最初から最後まで一度やって区切りで主なステップを書く→②各ステップの“外せない点”を急所に挙げる→③なぜかを理由に書く、の順です。
では、共通例の「見積書メール送付」を、実際に分解してみましょう。
| 主なステップ(何をするか) | 急所(どうやるか) | 急所の理由(なぜ) |
|---|---|---|
| ① 見積テンプレを開く | 最新版のテンプレを使う | 古い様式だと作り直しになるから |
| ② 過去案件から金額を転記する | 桁とゼロの数を声に出して確認する | 金額ミスは信用に直結し、取り返しがつかないから(成否) |
| ③ 上長の承認を取る | 送信前に必ず承認をもらう | 出した後では取り消せないから(成否) |
| ④ 送付メールの本文を書く | 何の見積か件名と冒頭で分かるようにする | 相手がすぐ用件を把握できるから |
| ⑤ 宛先・Cc・添付・金額を確認する | Toは担当者個人、関係者はCcに入れる | 誤送信は情報漏えいになるから(安全) |
| ⑥ 送信する | 送信ボタンの前に①〜⑤を一呼吸おいて見直す | 送信は一度きりでやり直せないから(安全) |
第1章で“枠だけ”だった「手順に分ける」マスが、この1枚で中身まで埋まりました。あなたが「なんとなく」やっていたことが、こうして言葉になると、はじめて田中さんに渡せる形になります。なお、ここで書いた手順や急所は、説明のための一例です。あなたの職場の見積書メールは、もっとステップが多いかもしれません。大事なのは、自分の作業を、自分の言葉で3点に分けてみることです。
この章の確認(演習):第1章で選んだ作業を、主なステップ/急所/急所の理由の3列で1枚に書き出してみてください。コツは2つ。急所は各ステップ1〜2個に絞ること(全部に丸を付けない)、そして急所には必ず理由をつけることです。書き出してみると、自分がいかに多くを“無意識に”やっていたかが見えてきます。手元のOJT作業分解&ステップ指導テンプレートを使えば、この3列をそのまま埋められます。
やってみせて、やらせてみる(教える4段階)
地図の2マス目、やってみせて、やらせてみるを埋めます。第2章で作った作業分解シートが、ここで“教える台本”に変わります。
この章のゴール
この章を読み終えると、分解した作業を、やってみせる→やらせてみる→本人に理由を言わせて確かめるを含む段階で、実際に教える手順を説明できるようになります。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて…」を実務の型に
教えることについて、有名な言葉があります。「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」。連合艦隊司令長官だった山本五十六の言葉として知られています(その原型は、江戸時代の名君・上杉鷹山の「してみせて、言って聞かせて、させてみる」だとも言われます)。
この言葉、いいことを言っているのですが、これだけだと「で、具体的にどうすれば?」が分かりません。そこで、これを実務でなぞれる順番にしたのが、仕事の教え方(TWI)の「教える4段階」です。第2章で作った作業分解シートを台本にして、この4段階を歩いていきます。
教える4段階:準備→やってみせる→やらせてみる→フォロー
教える4段階は、次のとおりです。
| 段階 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| ① 習う準備をさせる | 気楽にさせ、何を教えるか伝え、どこまで知っているか確かめる | いきなり始めない |
| ② やってみせて説明する | 分解シートの順に、主なステップ→急所→理由を一つずつ見せる | 一度に詰め込まない |
| ③ やらせてみる | やらせて、本人に説明させ・急所と理由を言わせ、できるまで直す | 「分かった?」で終わらせない |
| ④ フォローする | 任せて様子を見る・聞ける人を決める・少しずつ手を引く | 放り出さない |
①習う準備をさせる。いきなり「やってみて」と振らず、気楽な雰囲気を作り、「今日は見積書メールの出し方を教えるね」と何を教えるかを伝え、田中さんがどこまで知っているかを確かめます。不安なまま始めると、説明が頭に入りません。
②やってみせて説明する。分解シートの順にやって見せますが、ただ手を動かすのではなく、主なステップ→急所→理由を、一つずつ声に出します。「ここで金額を転記するけど(ステップ)、桁とゼロを声に出して確認するよ(急所)。金額ミスは取り返しがつかないからね(理由)」。一度に詰め込まず、相手が受け取れる量で区切ります。
③やらせてみる。ここが4段階の心臓部です。今度は田中さんにやらせ、本人に、急所とその理由を言わせながら、できると分かるまでその場で直します。人は1回見ただけでは覚えません。やらせて、言わせて、はじめて「できる」に近づきます。
④フォローする。一人でやらせたあとも放り出さず、困ったら誰に聞けばいいかを決めておき、しばらく様子を見て、少しずつ手を引きます。「不明なところは?」と質問しやすい雰囲気を作るのもここ。「大丈夫だね?」と断定で締めると本人は「はい」としか言えないので避けます。
「分かった?」をやめて、理由を言わせる
4段階のなかで、いちばん差がつくのが③の確認のしかたです。やりがちなのが、「分かった?」と聞くこと。でも、「分かった?」には、たいてい「はい」しか返ってきません。これでは、分かったフリも見抜けず、確認になっていません。
代わりに、理由を言わせる質問に変えます。「なぜ、送信する前に金額を確認するんだっけ?」「なぜ、上長の承認を先に取るの?」。田中さんが急所の理由を、自分の言葉で言えたら、それが「分かった」の証拠です。逆に、言えなければ、まだ②に戻ってやって見せる番だと分かります。やって見せるだけで終わらせない、いきなりやらせない、一度に詰め込まない——この3つを避けて、「理由を言わせて確かめる」を必ず入れてください。
こうして見ると、第2章で作った作業分解シートが、そのまま③で「理由を言わせる質問」の台本になっているのが分かります。分けておいた急所と理由が、教える順番にも、確認の問いにも、まるごと効いてくるのです。
この章の確認(演習):第2章で作った作業分解シートを使って、4段階のうち「③やらせてみる」で後輩に投げかける“理由を言わせる確認の質問”を3つ書いてみてください(例:「なぜ送信前に宛先を確認するんだっけ?」「なぜ金額は声に出して確認するの?」)。ポイントは、「分かった?」のように“はい”で終わる質問にしないこと。相手が急所の理由を自分の言葉で言えたら、それが「できるようになった」サインです。
少しずつ任せて、一人立ちさせる(段階的な権限委譲+承認)
地図の3マス目、少しずつ任せるを埋めます。ここまで来れば、田中さんの一人立ちは目前です。
この章のゴール
この章を読み終えると、任せる範囲を段階的に広げ、できたことを具体的に認めながら、後輩が一人でできる状態まで導く進め方を説明できるようになります。
丸投げでも過干渉でもなく、その中間を段階で動かす
「やらせてみた」で、つい安心して終わりにしてしまいがちです。でも、ここで2つの極端に振れると、田中さんは育ちません。
ひとつは、一度できたからと全部を丸投げすること。まだ不安定なうちに任せきると、失敗して自信をなくし、あなたへの信頼も崩れます。もうひとつは、逆に、いつまでも横で全部チェックし続けること。これは過干渉で、田中さんはいつまでも自分で判断できず、あなたに依存し、あなた自身も疲れ果てます。
正解は、その中間を、段階で動かすことです。任せる範囲を、いきなり0か100かにせず、少しずつ広げていきます。これを「スモールステップ」と呼びます。
任せる4段階と「次に進める合図」
任せる範囲は、次の4段階で広げます。
| 段階 | 任せる範囲 | あなたの関わり |
|---|---|---|
| ① 一緒にやる | 隣で一緒に作業する | ほぼ全部見る |
| ② 下書きまで本人 | 送信の手前まで本人にやらせる | 送信前にあなたがチェック |
| ③ 要所だけチェック | 本人がやり、要所(金額・宛先)だけ確認 | 大事な点だけ見る |
| ④ 完全に任せる | 一人で最後までやる | 困ったら聞いてと伝える |
ここで効くのが、「次に進める合図(できた印)」を先に決めておくことです。たとえば「宛先と金額を、3回連続でミスなく確認できたら、②から③へ進める」。合図を決めておくと、「まだ早いかな」と抱え込んだり、逆に「もういいか」と丸投げしたりせず、勘や気分ではなく、事実で任せられるようになります。なお、山本五十六の言葉には続きがあり、「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」と知られています。任せることは、人を育てる条件そのものなのです。
「できたこと」を具体的に認め、任せた後もフォローを残す
段階を進めるたびに、もうひとつ必ずやることがあります。できたことを、具体的に認めることです。「先週より、宛先の確認が速くなったね」「金額の声出し確認、もう自然にできてるね」。できて当たり前と何も言わないでいると、田中さんのやる気は続きません。漠然と「いいね」ではなく、何ができるようになったかを名指しで伝えるのがコツです。
そしてもうひとつ、任せる=放任ではないことを忘れないでください。完全に任せた後も、「いつ報告するか」「困ったら誰に聞くか」を決めておきます。これがないと、田中さんは詰まっても聞けず、一人で抱え込んでしまいます。なお、認め方や伝え方そのもの(フィードバック)は、この型の先にある専門のテーマです。ここでは「できたことを具体的に認める」「相談先を残す」までを押さえれば十分です。
共通例で通すと、こうです。①最初は隣で一緒にやる。②次は下書きまで田中さんにやらせ、送信前だけあなたがチェック。③慣れてきたら、本人がやって、要所(金額・宛先)だけ確認。④最後は完全に任せ、「困ったら聞いてね」と伝える。各段で「先週より速くなったね」と具体的に認め、合図で次へ進める。こうして1か月後、田中さんは見積書メールを一人で出せるようになりました。第1章で“枠だけ”だった3ステップの地図が、ぜんぶ埋まったのです。
この章の確認(演習):第2章で分解した作業について、「任せるレベル」を4段階で書いてみてください(①一緒にやる→②下書きまで本人→③要所だけチェック→④完全に任せる)。そのうえで、それぞれに“次の段階に進める合図”を1つ決めます(例:「宛先と金額を3回連続でミスなく確認できたら、送信前チェックを要所だけにする」)。合図を先に決めておくと、抱え込みも丸投げもせず、事実で任せられるようになります。
まとめ:見せて終わり、ではなく、一人でできて、はじめて完了
おつかれさまでした。「田中さんに見積書メール送付を教える」という、たった1つの場面を、OJTとは何か→手順に分ける→やってみせて、やらせてみる→少しずつ任せる、と1マスずつ地図に埋めてきました。第1章で空いていた3つのマスを、ここで振り返ります。
- OJTとは……自分の作業を見せることではなく、職場で実際の仕事を通じて、後輩が一人でできるまで計画的に導くこと。「背中を見て覚えろ」は無計画なやり方。「教えた」と「できるようになった」は別物で、できないのは本人のやる気ではなく、教え方の側に直せるところがある、と考える(第1章)。
- 手順に分ける……無意識にできる作業ほど教えられない。だから作業分解で、①主なステップ(何をするか)②急所(成功・安全・やりやすさのコツ=どうやるか)③急所の理由(なぜ)の3点に分ける。急所は絞り、理由は省かない(第2章)。
- やってみせて、やらせてみる……教える4段階=①準備→②やってみせて説明(ステップ→急所→理由を一つずつ)→③やらせて、本人に理由を言わせて確かめる→④フォロー。「分かった?」をやめて、理由を言わせる(第3章)。
- 少しずつ任せる……丸投げでも過干渉でもなく、一緒に→下書き→要所→完全に、と段階で広げる。「次に進める合図」を決め、できたことを具体的に認め、相談先を残す(第4章)。
この4つは、すべて1つの問いに戻ります。「自分が見せて終わり、になっていないか。後輩が一人でできて、はじめて完了か?」。この講座でいちばん覚えて帰ってほしいのは、このひと言です——見せて終わり、ではなく、一人でできて、はじめて完了。そして、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」。この型が身につくと、後輩を持つたびに「まず、この作業を3点に分けて、4段階で教えて、少しずつ任せよう」と、落ち着いて構えられるようになります。
明日の最初の一歩:今、自分が担当している後輩(いなければ、いずれ教えそうな定型作業)について、最初に教える作業を1つ選び、主なステップ・急所・急所の理由を1枚に書き出してみてください。きれいでなくてかまいません。「こんな感じでやって」をやめて、3点に分けて言葉にできたら、それが第一歩です。OJT作業分解&ステップ指導テンプレートを無料でダウンロードすれば、主なステップ・急所・急所の理由の3列、教える4段階のチェック、任せる4段階と進める合図まで、一通り埋められます。
そして、この「分ける→やってみせる/やらせる→任せる」の型を土台に、もっと深めたくなったら、その先の道もあります。できたことの認め方・伝え方(フィードバック)、後輩の育成計画・目標設定、新人の受け入れ(オンボーディング)設計——これらは、今日歩いた地図の前後にある、次のテーマです。まずはこの1枚の地図を、自分の後輩で1周してみましょう。それが、教える側としての第一歩になります。
よくある質問
OJTとはどういう意味ですか
OJT(On-the-Job Training)とは、職場で実際の仕事を通じて先輩が後輩を計画的に指導し、後輩が一人でできるようになるまで導く育成方法です。机を離れた集合研修(Off-JT)と異なり、現場の実務そのものが教材になります。「背中を見て覚えろ」という無計画なやり方はOJTではなく、教える側が順番を設計することが重要です。
作業分解の3要素とは何ですか
作業分解とは、教える作業を「主なステップ(何をするか)」「急所(成功・安全・やりやすさを左右するコツ=どうやるか)」「急所の理由(なぜ大事か)」の3点に分けて書き出す準備作業です。自分が無意識にやっている手順を言葉にすることで、はじめて後輩に渡せる形になります。急所は各ステップ1〜2個に絞り、理由は必ずセットで書くのがポイントです。
「分かった?」と確認してはいけないのはなぜですか
「分かった?」という質問には、たいてい「はい」しか返ってきません。本当に理解しているかどうかを確かめるには、急所の理由を本人に言わせる質問(例:「なぜ送信前に金額を確認するの?」)に切り替えることが必要です。本人が自分の言葉で急所の理由を言えたときが「できるようになった」証拠で、言えなければやってみせる段階に戻る合図になります。
後輩にどこまで任せればよいか分からないときはどうしますか
「次の段階に進める合図(できた印)」を先に決めておくのが有効です。たとえば「3回連続でミスなく確認できたら次の段階へ」などの基準を設けることで、勘や気分ではなく事実に基づいて任せる範囲を広げられます。丸投げと過干渉の中間を「一緒にやる→下書きまで本人→要所だけチェック→完全に任せる」という4段階で少しずつ動かすことが基本です。
OJT担当は初めてでもできますか
この講座で紹介している「手順に分ける→やってみせて、やらせてみる→少しずつ任せる」という型は、熱意やセンスではなく順番の設計によって成果が決まります。初めて教える立場になった先輩でも、教える作業を3点に分解してから4段階で教えるという型を持つことで、「なんとなく見せて終わり」にならない指導を実践できます。