企業価値向上入門|将来キャッシュと価値ドライバーで打ち手を語る | マナビズ

企業価値向上入門|将来キャッシュと価値ドライバーで打ち手を語る

企業価値向上入門|将来キャッシュと価値ドライバーで打ち手を語る

「会社の価値は何で決まりますか」——銀行の担当者、出資を検討する投資家、あるいは後継者にこう問われたとき、利益額以外の言葉で答えられるでしょうか。売上も利益も出ている。それでも「価値を上げる打ち手は何か」と問われると言葉に詰まる。多くの経営層が、この同じギャップの前で止まります。

本講座は、その答えを「説明できる」状態に変えるためのものです。扱うのは、企業価値そのものと、価値を上げる打ち手の地図です。価値を生む"勝ち方"そのものの選び方(どの市場でどう成長するか)は事業戦略入門(kouza-120-business-strategy)、その勝ち方が持続する優位の源泉は競争優位の作り方(kouza-122-competitive-advantage)、外部成長手段としてのM&Aの実務プロセスはM&A入門(kouza-123-ma-basic)、個別施策の費用対効果の計算はROI入門(kouza-028-roi-basic)、財務諸表そのものの読み方は財務諸表入門(kouza-021-financial-statements)が、それぞれ正本です。本講座はそれらの各論には立ち入らず、「価値そのものと、価値を上げる打ち手の地図」に一貫して絞ります。

この60分で、あなたは次の3つができるようになります。第一に、企業価値が何で決まるかを利益額との違いを含めて説明できること。第二に、自社の価値ドライバーを言語化し、価値ドライバーマップを作成できること。第三に、複数の打ち手を「企業価値への効きやすさ」で比較し、優先順位をつけて説明できること。

全章を通じて、ひとつの場面を使い回します。(例)ある中堅企業の経営層が、1枚の「価値ドライバーマップ」を章ごとに1段ずつ埋め、最後に後継者・投資家へ向けて「この会社の価値は何で決まり、どう上げるか」を口頭で説明する——その作業をあなた自身の会社で再現していきます。

この講座のポイント

  • 企業価値が何で決まるかを、利益額との違いを含めて説明できる。
  • 自社の価値ドライバー(収益力・成長性・資本効率・リスク低減)を整理して言語化できる。
  • 各価値ドライバーに効く打ち手を挙げ、価値ドライバーマップを作成できる。
  • 複数の打ち手を「企業価値への効きやすさ」で比較し、優先順位をつけて説明できる。

企業価値とは何か(利益額との違い)

この章のゴール

企業価値が何で決まるかを、利益額との違いを含めて説明できる。

「今期利益が同じ2社」の価値はなぜ違うのか

ここに、今期の利益額がまったく同じ2社があるとします。A社は10年先まで安定して同じ利益を生み続ける見通しが立つ。B社は今期だけ大口の特需で利益が膨らんだが、来期以降の見通しは不透明です。あなたが買い手なら、どちらに高い値段を払いますか。ほとんどの人がA社と答えます。利益額が同じでも価値が違う——この直感こそ、企業価値の出発点です。

企業価値とは、ひと言でいえば「企業の値段を推計評価したもの」です。その代表的な推計手法がDCF法(割引キャッシュフロー法)で、これは企業が将来にわたって生み出す収益(キャッシュフロー)を、現在価値に割り引いて合計する手法です。割り引くときの金利には、WACC(加重平均資本コスト=企業全体の資本コスト)と呼ばれる、リスクを織り込んだ数値を使います。

ここで重要なのは計算式の中身ではなく、その構造です。企業価値は「いま儲かっている額」ではなく、「将来にわたって生み出すキャッシュ」と、「そのキャッシュがどれだけ確からしいか(リスク)」の掛け合わせで決まる。先ほどのA社とB社の違いは、まさに後者の「確からしさ」の差でした。

企業価値を決める2つの軸——将来キャッシュとその確からしさ

この見方を、本講座の背骨として最初に据えます。企業価値を動かす軸は2つです。

ひとつは「将来生むキャッシュの大きさ」。もうひとつは「そのキャッシュの確からしさ(リスクの小ささ)」です。価値を上げるとは、結局このどちらかを動かすことに尽きます。明日のキャッシュを増やすか、その確からしさを上げるか——価値向上の打ち手は、必ずこの2軸のいずれかに効きます。これは経営の好みではなく、価値の決まり方そのものから導かれる帰結です。経営の理論でも、企業はリスク(資本コスト)を踏まえたうえで、現在および将来生み出すキャッシュフローの現在価値が必要投資額を上回るときに価値を生む、と整理されます。価値の本質的な決定要因は、成長性・営業実績(利益率と資本効率)・資本コスト(リスク)の3つに集約されます。

(例)中堅企業の経営層は、ここで価値ドライバーマップの一番上の段に、こう書き込みます。「企業価値=将来キャッシュ × その確からしさ」。マップはこの一行から始まります。

利益額と企業価値の間にあるもの

つまずきやすいのは、「企業価値=直近の利益額」と思い込むことです。なぜ単年の利益では足りないのか。理由は2つあります。

第一に、単年の利益には「将来の伸び」も「リスク」も映りません。今期がよくても来期に続く保証はなく、その不確実性は損益計算書のどこにも書かれていません。DCFが少なくとも10年程度の長期キャッシュフロー予想を必要とするのは、価値が単年では測れないものだからです。

第二に、会計上の利益指標は、内在的な価値を上げないまま「操作」できてしまいます。たとえば一株当たり利益のような会計指標は、本質的な価値を改善せずとも見かけを動かせる。だからこそ、真の価値は会計上の利益額そのものではなく、その背後にある稼ぐ力・成長性・リスクで決まるのです。

なお、評価額の具体的な計算には倍率や割引率といった数値が登場しますが、それらの水準(何倍が割安かなど)は業種や景気で大きく変わり、前提の置き方次第でブレます。本講座では、価値の決まり方という「構造」を扱い、具体的な倍率・割引率・理論株価の数値には踏み込みません。将来キャッシュやリスクを財務指標から読み解く土台が必要なら、財務諸表の読み方(kouza-021-financial-statements)で会計数値の構造を押さえてください。本章は、価値の定義そのものに絞ります。

この章の確認(演習)

自社について、「今期の利益額だけでは映らない価値の要素」を1つ挙げてください。そのうえで、それが「将来キャッシュの大きさ」と「その確からしさ(リスク)」のどちらに効くものかを、1文で言語化してください。(例:「主要顧客が1社に偏っている」→ キャッシュの確からしさを下げる要素。)

企業価値を生む4つの価値ドライバー

この章のゴール

自社の価値ドライバー(収益力・成長性・資本効率・リスク低減)を整理して言語化できる。

「将来キャッシュ × 確からしさ」を経営層が動かせる4つに分解する

第1章で、企業価値は「将来キャッシュ × その確からしさ」で決まると定義しました。ただ、この一行のままでは現場で何を動かせばよいか分かりません。そこで、経営層が実際に手をつけられる4つの「価値ドライバー」に分解します。

4つとは、①収益力(稼ぐ力の厚み)、②成長性(将来キャッシュの伸び)、③資本効率(投じた資本がどれだけ価値を生むか)、④リスク低減(キャッシュの確からしさ=依存・変動の小ささ)です。この4つは、価値の本質的な決定要因である「成長性・営業実績(利益率と資本効率)・資本コスト(リスク)」を、経営層が動かせる単位に開いたものです。

大事なのは、4ドライバーが第1章の2軸にきれいに対応している点です。収益力と成長性は「将来キャッシュを大きくする」側に、資本効率とリスク低減は「その確からしさ・効率を上げる」側に効きます。価値を上げる打ち手は、必ずこの4つのいずれかを経由する——これが、打ち手を地図化できる理由です。

収益力と成長性——将来キャッシュを大きくする2軸

収益力は「稼ぐ力の厚み」です。代理指標としては、たとえば営業利益率で表現できます。同じ売上でも、より厚く利益を残せる会社のほうが、将来キャッシュは大きくなります。

成長性は「将来キャッシュの伸び」です。代理指標としては売上成長率などで表現します。今のキャッシュが小さくても、伸び続けるなら将来の合計は大きい——第1章のA社・B社の例で、伸びの見通しが価値を分けたのはこのためです。

ただし注意があります。成長そのものが常に価値を生むとは限りません。投じた資本に対するリターンが見合わない成長は、むしろ価値を損なうこともある。だから収益力・成長性は、次の資本効率と必ずセットで見ます。

資本効率とリスク低減——価値を「効率よく、安定的に」生む2軸

資本効率は「投じた資本がどれだけ価値を生むか」です。これを最も純粋に表すのがROIC(投下資本利益率)で、税引後営業利益を投下資本(有利子負債+株主資本)で割って求めます。事業に投じた資金から、本業の利益をどれだけ生んだかを見る指標です。

なぜROEやROAでなくROICなのか。ROEは株主目線の指標で、借入を増やすといった財務手法で見かけを操作できてしまう。ROAは無利子の買掛金まで分母に入るため資産額がブレる。これに対しROICは、コストのかかる資本(有利子負債+株主資本)だけを分母にとるので、本業の稼ぐ力をより純粋に映します。そして、このROICが資本コスト(WACC)を上回ったとき、はじめて価値が創造されます。ROICからWACCを引いた差(スプレッド)が正で、しかも広がっているなら、価値創造が起きている強いサインです。逆にいえば、ROICがWACCを下回る投資による増収は、売上を増やしても価値を壊します。

リスク低減は「キャッシュの確からしさを上げる」ドライバーです。特定顧客への依存、特定の人への業務の属人化、業績の変動の大きさ——これらを下げるほど、将来キャッシュの確からしさが上がり、リスク(資本コスト)が下がって価値が上がります。

実務では、ROICや成長といった上位の指標はそのままでは現場判断に使いにくいため、売上成長・営業利益率・運転資本の回転・資本集約度(設備投資の重さ)といった、操作できる少数のドライバーへ「バリュードライバーツリー」として分解します。本講座の4ドライバーは、その分解を経営層が言語化できる粒度にまとめたものだと考えてください。

なお、営業利益率やROIC、顧客集中度などの「業界水準」や「望ましい水準」の具体的な数値は、業種によって大きく異なります。本講座では数値の正解は示さず、自社の現状を「(例)」として観察可能な言葉に落とすことに集中します。収益力やリスク低減の"持続的な源泉"そのものをどう作り込むかは、競争優位の作り方(kouza-122-competitive-advantage)で深掘りしてください。本章は、4ドライバーの言語化に絞ります。

4ドライバーを自社の言葉に落とせないとまずい理由

つまずきは2つあります。ひとつは、収益力(損益計算書目線)だけを価値と捉え、資本効率とリスク低減を見落とすこと。利益は出ているのにROICが資本コストを下回っている、依存リスクが高い、という会社は珍しくありません。もうひとつは、4ドライバーを抽象語のまま放置し、自社の言葉に落とせないことです。「うちは成長性が課題」で止めず、「主力商品の売上成長率が鈍化し、新規の柱がない」というところまで観察可能な言葉にして、はじめてマップは使えます。

(例)中堅企業の経営層は、マップの2段目に、4ドライバーごとに自社の現状を一言ずつ書き込みます。収益力は営業利益率で、成長性は売上成長率で、資本効率は投下資本に対するリターンで、リスク低減は顧客集中度や属人化の度合いで——というように、それぞれを観察できる言葉に置き換えていきます。

この章の確認(演習)

自社の4つの価値ドライバー(収益力・成長性・資本効率・リスク低減)を、それぞれ観察可能な言葉で1文ずつ書き出してください。「強い/弱い」だけで終わらせず、何を見てそう言えるのか(どの指標・どの事実か)を必ず添えてください。これがマップの2段目になります。

価値を高める打ち手を棚卸しする

この章のゴール

各価値ドライバーに効く打ち手を挙げ、価値ドライバーマップを作成できる。

打ち手は「どのドライバーに効くか」で4系統に整理する

第2章で4ドライバーを言語化しました。次は、それぞれに効く「打ち手」を紐づけて棚卸しします。ここで打ち手を、効く先で4系統に整理します。(a)本業を強くする(収益力・成長性に効く)、(b)資本を効率化する(資本効率に効く)、(c)リスクを下げる(リスク低減に効く)、(d)外部成長(提携・M&A等)です。

この4系統は思いつきの分類ではありません。価値向上施策の代表例として、価格の適正化、製品やサービスのミックス改善、調達の見直し、拠点の最適化、運転資本のプログラム、成長に向けたプラットフォーム投資、そして選択的なM&Aが挙げられます。これらを「主に効くドライバー」で束ねると、ちょうど上の4系統に収まります。打ち手を棚卸しするときの鉄則は、各打ち手を明確なROICとキャッシュの成果に紐づけること。つまり「これは何のためにやるのか」を、価値ドライバーの言葉で言えるようにすることです。

本業を強くする打ち手(収益力・成長性)

(a)の本業強化は、収益力と成長性に効きます。価格の適正化(安売りしすぎていないか)、利益率の高い商品・顧客へのミックス改善、新しい収益の柱への投資などが入ります。これらは「将来キャッシュを大きくする」側のドライバーに直接効く打ち手です。多くの会社で改善余地が大きいのは、実はこの本業の収益力です。

資本を効率化し、リスクを下げる打ち手(資本効率・リスク低減)

(b)資本効率化は、資本効率に効きます。ここで見落とされがちなのが、資本効率の改善には2つの道があるという点です。ひとつは利益を増やす道。もうひとつは、使う資本を減らす道です。過剰な在庫や売掛金(運転資本)を圧縮する、遊休資産を整理する、調達条件を見直す——これらは利益を1円も増やさなくても、分母の投下資本を減らすことでROICを改善します。

(c)リスク低減は、リスク低減のドライバーに効きます。特定顧客への依存を下げる、属人化した業務を仕組み化する、業績変動を平準化する。これらは将来キャッシュの額は変えなくても、その「確からしさ」を上げることで価値を高めます。第1章のA社が高く評価されたのは、まさにこの確からしさでした。

外部成長という選択肢(提携・M&A等)をどう位置づけるか

(d)外部成長は、自社単独ではなく、他社との提携やM&Aによって価値ドライバーを動かす打ち手です。M&Aは「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略で、日本では会社法上の組織再編(合併・会社分割)に加え、株式譲渡や事業譲渡を含む、各種手法による事業の引継ぎを広く指します。シナジー創出や事業転換による成長を狙う「成長型」の使い方もあります。

ただし本講座では、M&Aを「価値を上げる打ち手の一つ」として地図に置くにとどめます。ひとつ強調しておきたいのは、M&Aの成功は「成立」ではなく、その後の統合で当初期待した効果を実現できるかで決まる、という点です。成立後の一定期間に行う経営統合の作業をPMI(Post Merger Integration)と呼び、経営統合・信頼関係構築・業務統合の3領域からなります。M&A後に「期待を下回った」とされる理由の多くは、相乗効果が出なかった、相手先の組織体制が脆弱だった、従業員の不満が生じた——といった、まさに統合作業に関わるものです。つまりM&Aは、買った瞬間に価値が上がるのではなく、統合の出来で成果が割れる打ち手なのです。

なお、買う前に相手のリスクを精査する調査がデューデリジェンス(DD)で、財務・法務・ビジネス・税務・人事労務など複数の領域から構成されます。こうしたM&Aのプロセス(候補探しからDD、PMIまでの実務)はM&A入門(kouza-123-ma-basic)が正本です。本章では深入りせず、各打ち手の費用対効果を数値で測りたい場合はROI入門(kouza-028-roi-basic)へ進んでください。

「価値ドライバーに紐づかない施策リスト」はなぜ危ないか

最大のつまずきは、施策を「やることリスト」で終わらせ、価値ドライバーに紐づけないことです。流行の施策を、どのドライバーに効くか確かめないまま採用してしまう。これでは打ち手の良し悪しを価値で判断できません。鉄則は、ひとつの打ち手につき「主に効く価値ドライバーは何か」を必ずセットで言うこと。複数のドライバーに効く打ち手もありますが、その場合は「主に効く先」に紐づけて整理します。

(例)中堅企業の経営層は、マップの3段目に、4ドライバーそれぞれへ効く打ち手を書き込み、(a)本業強化・(b)資本効率化とリスク低減・(c)外部成長の系統でグルーピングして、打ち手の一覧を完成させます。これでマップは「価値の定義→4ドライバー→打ち手」まで埋まりました。

この章の確認(演習)

自社で検討中、または実施中の施策を3つ挙げてください。そして、それぞれについて「主に効く価値ドライバー」を1つ選び、マップの3段目に書き込んでください。1つの施策が複数に効く場合も、最も効く先を1つに絞ってください。

打ち手に優先順位をつける

この章のゴール

複数の打ち手を「企業価値への効きやすさ」で比較し、優先順位をつけて説明できる。

打ち手を「効き目の大きさ × 実行のしやすさ」の2軸で並べる

打ち手を棚卸ししただけでは、何から手をつけるかは決まりません。すべてを同時にはできない以上、優先順位が要ります。ここで使うのが「効き目の大きさ(価値インパクト)× 実行のしやすさ(自社の資源・時間軸での実行可能性)」の2軸です。戦略的な施策を価値インパクトと実行可能性で優先順位づけし、毎年それなりの割合の資本を、よりリターンの高い用途へ振り向けていく——これが価値経営の基本動作です。

縦軸に「効き目の大きさ」、横軸に「実行のしやすさ」をとり、第3章で挙げた打ち手をプロットします。右上(効き目が大きく、実行もしやすい)にくる打ち手が、まず着手すべき候補です。

「効き目が大きいが時間がかかる手」と「すぐ効くが小さい手」を区別する

2軸で並べると、性格の違う打ち手が見えてきます。「効き目は大きいが時間がかかる手」(例:新規事業への投資)と、「効き目は小さいがすぐ効く手」(例:運転資本の圧縮)です。どちらが正しいということはなく、両者を区別して組み合わせることが大切です。すぐ効く小さな手で足元のキャッシュと確からしさを固めつつ、効き目の大きい手に時間をかけて取り組む——この時間軸の配分こそ、優先順位づけの実体です。

ここでひとつ落とし穴があります。実行しやすい手ばかりを選び、価値インパクトの大きい手を後回しにしてしまうことです。すぐ効く手は着手しやすいぶん、それだけで満足してしまいがちです。2軸で並べる目的のひとつは、この偏りに気づくことにあります。

優先順位の根拠を「どのドライバーに、どれだけ効くか」で言語化する

優先順位は「なんとなく」で並べてはいけません。各打ち手について、「どの価値ドライバーに、どの程度効くか」を根拠として言語化します。これができてはじめて、後継者や投資家に「なぜこの順番なのか」を説明できます。

ここで、定量的な効きやすさだけで機械的に並べる危うさにも触れておきます。たとえばROICのような資本効率の指標を過度に重視すると、低リスクで安定した事業(資本コストもROICも低いが、スプレッドは確保している事業)が、全社のROICの足を引っ張るという理由で過小評価され、必要な投資が後回しになることがあります。また、ROICは「率」の指標なので、分母である投下資本を減らせば改善してしまう。これを最重要指標として扱うと、本来必要な投資まで抑制し、成長を阻害するおそれがあります。さらに、資本効率の良い事業を寄せ集めても、それが会社のビジョンやミッションと一致するとは限りません。だから優先順位は、資本収益性のような「定量」と、戦略への適合性という「定性」を必ず対にして判断します。

事業全体への資源配分の考え方を補助する道具として、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)があります。これは縦軸に市場成長率、横軸に相対的市場シェアをとり、事業を「問題児(育成段階)」「花形(維持・継続)」「金のなる木(投資を抑え収益を回収)」「負け犬(撤退)」の4象限に分けて、資源配分を判断する考え方です。「金のなる木」が生む利益を「問題児」に投じて「花形」へ育てるのが基本の流れです。ただしPPMには限界もあります。事業間のシナジーが考慮されない、現時点の成長率とシェアでしか評価しない、潜在的に伸びうる事業でも成熟市場なら資源を入れない前提になっている——といった点です。2軸は意思決定の出発点であって、固定の答えではありません。

そして優先順位は一度決めたら終わりではなく、価値ドライバーの強弱が変われば組み替えます。リスク低減が進んで確からしさが十分高まれば、次は成長性に効く手の優先度が上がる、というように動かしていきます。

(例)中堅企業の経営層は、完成したマップを使い、第3章で挙げた打ち手を2軸でプロットして「まず着手する1〜2手」を選びます。そして「この手は資本効率とリスク低減の両方に効き、自社の資源ですぐ着手できる。だから最優先だ」と、後継者・投資家に向けて口頭で説明する。これが、この講座のゴールである「価値を上げる打ち手を、優先順位をつけて説明できる」状態です。

なお、ここで行うのは"効きやすさ"の相対比較です。施策単体の費用対効果を数値で精緻に比較したい場合は、ROI入門(kouza-028-roi-basic)へ進んでください。

この章の確認(演習)

第3章で挙げた打ち手を、「効き目の大きさ × 実行のしやすさ」の2軸でプロットしてください。そのうえで「いま最も価値に効く1手」を選び、その理由を「どの価値ドライバーに、どれだけ効くか」で1〜2文で言語化してください。後継者や投資家に向けて、声に出して説明できる形にするのがゴールです。

まとめ

企業価値は「将来生むキャッシュ × その確からしさ(リスク)」で決まります。だから価値を上げる打ち手は、必ず「将来キャッシュを増やす」か「その確からしさを上げる」かのどちらかに効きます。

この背骨から、本講座は4ステップを示しました。①価値を定義する(将来キャッシュ × 確からしさ)→ ②4つの価値ドライバー(収益力・成長性・資本効率・リスク低減)に分解して言語化する → ③各ドライバーに効く打ち手を紐づけて棚卸しする → ④「価値への効き目 × 実行しやすさ」で優先順位をつける。これが、1枚の価値ドライバーマップとして完成しました。

明日の一歩は、自社の価値ドライバーマップを1枚書くことです。価値の定義を最上段に置き、4ドライバーで自社の現状を言語化し、各ドライバーに打ち手を紐づけ、いま最も価値に効く1手を決める。そして「どのドライバーに、なぜ効くか」を一言で言語化してみてください。

価値を生む"勝ち方"そのもの——どの市場で、どう成長するかの選択に踏み込みたくなったら、事業戦略入門(kouza-120-business-strategy)へ進んでください。

自社用の「価値ドライバーマップ」テンプレートと、4系統で打ち手を棚卸しするチェックリストは、有料プランでダウンロードできます。マップに沿って自社の価値ドライバーと打ち手を書き込み、優先順位づけまで一気に進めたい方は、ぜひご活用ください。

よくある質問

企業価値と時価総額は同じですか

別物です。企業価値(EV)は株式時価総額に純有利子負債(有利子負債から手元現金を引いたもの)を加えたものとみなされ、株主に帰属する株式価値より広い概念です。事業価値に非事業用資産を加えると企業価値、そこから有利子負債を引くと株主価値になります。

利益が増えれば自動的に企業価値も上がりますか

上がるとは限りません。会計上の利益は見かけを操作でき、投下資本に対するリターン(ROIC)が資本コストを上回らない投資による増収は、売上が増えても価値を壊します。利益額だけでなく、資本効率とリスクをあわせて見る必要があります。

価値ドライバーは何個くらい挙げればよいですか

本講座では収益力・成長性・資本効率・リスク低減の4つに絞ることを勧めます。この4つは「将来キャッシュを増やす」か「その確からしさを上げる」かに必ず対応するため、自社の状況を漏れなく整理でき、打ち手を紐づける受け皿としても過不足がありません。

M&Aをすれば企業価値は必ず上がりますか

必ずではありません。M&Aの成功は「成立」ではなく、その後の統合(PMI)で当初期待した効果を実現できるかで決まります。統合がうまくいかなければ、買収しても価値は上がりません。

資本効率を上げるには何をすればよいですか

道は2つあります。本業の利益を増やして分子を大きくする道と、過剰な在庫・売掛金や遊休資産を整理して分母(投下資本)を小さくする道です。後者は利益を増やさなくても資本効率を改善できるため、見落とされがちですが効果的な打ち手です。

監修
マナビズ編集部

マナビズ(Manabiz)編集部。AIを活用した原稿制作に加え、人間によるレビューで品質を担保しています。 編集ポリシー

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