広告費は予算どおり使い切った。新規のお客さまも、先月より増えた。——では、この広告は得をしているのでしょうか、損をしているのでしょうか。
月次報告で「使った費用」と「増えた顧客数」を別々に並べるだけだと、この問いには答えられません。費用が増えても顧客が増えていれば良し、と総額の感覚で語ってしまいがちです。けれど「割に合っているか」を判断するには、別の物差しが要ります。それが、これから扱う CAC(顧客1人あたりの獲得費用) と LTV(顧客が生む価値) です。
この講座のゴールは3つです。1つ目、CACとは何かを、費用対効果(ROI)との違いも含めて説明できること。2つ目、使った費用と獲れた顧客数から、CACを自分で計算できること。3つ目、計算したCACをLTVと並べ、「LTV÷CAC」で割に合っているかを判断できること。30分で、電卓1つで自分の施策を測れるところまで進みます。
なお、この講座は「CACを計算してLTVと並べて判断する」一点に絞ります。施策全体の費用対効果そのものを比べたいときはROI入門(kouza-028-roi-basic)、どの施策でどう集客するかはデジタルマーケティング入門(kouza-040-digital-marketing)、マーケティングの全体像はマーケティングの基礎(kouza-029-marketing-basic)、値段の決め方は値決め・価格設定入門(kouza-024-pricing-basic)が正本です。本講座では各論に踏み込まず、必要な場面でそれぞれへ送り出します。
この講座のポイント
- CACとは何か(顧客1人あたりの獲得費用)を、費用対効果(ROI)との違いも含めて説明できる
- 獲得にかけた費用と獲得できた顧客数から、CACを自分で計算できる
- 計算したCACを顧客が生む価値(LTV)と並べ、「LTV÷CAC」で割に合っているかを判断できる
CACとは何か——ROIとの違いを押さえる
この章のゴール
CACとは何か(顧客1人あたりの獲得費用)を、費用対効果(ROI)との違いも含めて説明できるようになります。
総額が同じでも、1人あたりは変わる
まず、見え方の転換から始めます。あるキャンペーンで広告費を使ったとします。先月は新規顧客が100人(例)、今月は同じ費用で50人(例)でした。総額は同じなのに、今月は1人を獲るのに先月の2倍の費用がかかっている、ということになります。
総額だけを見ていると「今月も予算どおり使った」で終わります。けれど「1人あたりいくらで獲れたか」に直すと、今月は割高だった、という事実が見えてきます。この「1人あたりいくらか」を表すのが、CACです。
CACは顧客1人あたりの獲得費用
CACは「Customer Acquisition Cost」の略で、顧客を1人(1社)獲得するのにかかった費用を表す指標です。式にすると、獲得にかけた費用 ÷ 獲得できた新規顧客数 になります。先ほどの例で言えば、同じ費用を100人で割るか50人で割るかで、1人あたりの数字が変わったわけです。
ここで一つ、最初につまずきやすい点があります。「獲得にかけた費用」に何を含めるか、です。広告の出稿費だけを指すこともあれば、それに加えてイベントや展示会の出展費、セミナーやウェビナーの開催費、営業活動の交通費や通信費、マーケティング・営業部門の人件費、CRMやSFAといったツールの利用料まで含める考え方もあります。新規顧客の獲得に直接・間接に関わる費用を、どこまで含めるか。ここを決めずに数字を出すと、後で他の月や他の施策と比べられなくなります(含める範囲のそろえ方は次章で扱います)。
ROIとの違い——CACは「獲得コスト側を1人あたりに分解した見方」
「それってROIと何が違うの?」とよく聞かれます。ROI(費用対効果)は、かけた費用に対してどれだけ効果が返ってきたかを見る指標です。CACは、その判断に使う材料の一つです。施策にいくらかけて何人獲れたかを「顧客1人あたりの獲得費用」という形に分解したものがCACで、これがあるとROIを判断しやすくなります。
ですから、両者は対立する別物ではなく、CACはROIを考えるときの足場の一つ、と捉えてください。ROIそのものの計算式や、複数施策のROIを並べて比べる進め方は本講座では扱いません。そこは費用対効果を施策単位で比較するROI入門(kouza-028-roi-basic)が正本です。本講座は、その分母にあたる「獲得コストを顧客1人あたりに直す」ところに集中します。
この章の確認(演習)
あなたが担当している(または身近な)施策を1つ思い浮かべてください。これまでその施策を「使った費用の総額」で見ていたか、「顧客1人あたりの費用」で見ていたかを書き出します。そのうえで、もし1人あたり(CAC)で見るとしたら、判断がどう変わりそうかを一文で書いてみてください。
CACを計算する——費用÷顧客数
この章のゴール
獲得にかけた費用と獲得できた顧客数から、CACを自分で計算できるようになります。
CACの計算式は「獲得にかけた費用 ÷ 獲得できた新規顧客数」
計算式そのものはとてもシンプルです。CAC = 獲得にかけた費用 ÷ 獲得できた新規顧客数。たとえば、あるキャンペーンで費用が60万円(例)かかり、新規顧客を200人(例)獲得したとすると、60万円 ÷ 200人 = 3,000円(例)。これが「1人あたり3,000円(例)で獲れた」というCACです。電卓1つで出せます。
難しいのは式ではなく、式に入れる数字をどうそろえるか、です。
計算の前に決める3つの「そろえ方」
数字を入れる前に、次の3つをそろえておくと、出てきたCACが他と比べられる数字になります。
まず、集計する期間です。CACは対象期間を区切って算出するのが一般的で、月間・四半期・1年のいずれかで区切ります。費用も顧客数も、同じ期間のものを使うのが前提です。
次に、費用に含める範囲です。前章で触れたとおり、広告費だけを使うのか、人件費やツール費まで含めるのかで数字は変わります。実務では、広告などの出稿費だけで計算するもの、もともと発生していた費用も含めた全体で計算するもの、といった分け方があり、「CAC」とだけ言ったときは費用全体を含めたものを指すのが一般的です。どの範囲で出したのかを、毎回ひとことで宣言しておきます。
3つ目は、何をもって「獲得」とするかです。無料の会員登録を1件とするのか、有料の購入を1件とするのか。これがそろっていないと、同じCACという言葉でも中身が別物になります。ここは出典で決まった基準があるわけではないので、自社のルールとして前提を統一しておく、という実務上の注意として押さえてください。
費用の範囲を変えると、CACは変わる
3つのそろえ方のうち、つまずきが一番多いのが「費用の範囲」です。試しに、先ほどの例で人件費を加えてみましょう。広告費60万円(例)に人件費20万円(例)を足して80万円(例)、これを200人(例)で割ると4,000円(例)。同じ200人でも、費用の範囲を広げただけでCACは3,000円(例)から4,000円(例)へ動きます。
どちらが正しいという話ではありません。問題は、ある月は広告費だけ、別の月は人件費込み、と範囲をそろえずに月どうしを比べてしまうことです。これでは数字が改善したのか悪化したのか分かりません。無料登録と有料購入を混ぜて顧客数を多めに数えるのも同じで、CACは実態より安く見えます。比べたいなら、期間・費用範囲・獲得の定義を必ずそろえる。これが計算の肝です。
なお、ここで出したCACが「施策全体として割に合っているか」までを判断するには、費用対効果の比較が必要です。その進め方は施策ごとの費用対効果を比べるROI入門(kouza-028-roi-basic)へ。本章はあくまで「1人あたりいくらで獲れたか」を正しく出すところまでです。
この章の確認(演習)
手元の(または例として与えられた)費用と顧客数を使って、CACを1回計算してください。たとえば費用60万円(例)÷顧客数200人(例)=3,000円(例)。次に、その費用に人件費を加えたら(例:80万円)CACがいくらになるかをもう一度計算し、2つを並べて書きます。範囲を変えると数字が動くことを、自分の手で確認しておきましょう。
LTVと比べて判断する——LTV÷CACで割に合うか
この章のゴール
計算したCACを顧客が生む価値(LTV)と並べ、「LTV÷CAC」で割に合っているかを判断できるようになります。
CACは単体では判断できない——比較相手が要る
前章で「1人あたり3,000円(例)で獲れた」と出たとして、これは高いのでしょうか、安いのでしょうか。実は、CACの数字だけを見ても良し悪しは決まりません。なぜなら、3,000円(例)で獲った顧客が将来いくらの利益を返してくれるかが分からなければ、割に合うかどうか判断のしようがないからです。
そこで登場するのが、比較相手の数字 LTV です。LTVは「Life Time Value(顧客生涯価値)」の略で、1人の顧客が、取引を始めてから終わるまでにもたらす価値(利益)を表します。CACが「1人を獲るのにかけた額」、LTVが「その1人が返してくれる額」。この2つを並べて、はじめて判断ができます。
LTV÷CACで「かけた費用の何倍を返してくれるか」を読む
並べ方は割り算です。LTV ÷ CAC を計算すると、「1人を獲るのにかけた費用の何倍を、その顧客が返してくれるか」が分かります。たとえばCACが3,000円(例)、LTVが12,000円(例)なら、LTV÷CAC=4(例)。1かけて4返ってくる、という読み方です。この値が大きいほど割に合う、と判断できます。
一般的な目安として、LTVがCACの3倍以上(LTV÷CAC が3以上)だと健全とされる、と言われます。ただし、これは主にSaaS(継続課金型のサービス)などで広く語られる目安で、業種やビジネスモデル、事業の段階によって適正な水準は変わります。「うちも必ず3倍なければダメ」と暗記で断定するのではなく、「3はよく挙がる基準線。自社の業態ではどのくらいが妥当か」という向きで使ってください。
なぜ「3」がよく挙がるのか、背景だけ触れておきます。獲得にかけた費用を顧客が返してくれるまでの期間(CAC回収期間)が12か月以内で、毎月の解約の割合(チャーンレート)が3%未満、といった状態をおおむね満たすと、計算上LTV÷CACが3に近づく、という関係があるためです。ここでは「3という目安にはこうした背景がある」という程度に留めます。回収期間やチャーンレートからLTVを組み立てる計算手順そのものは、本講座では扱いません。
LTVを「1回の売上」と混同しない
ここで気をつけたいのが、LTVを「1回の購入金額」と取り違えないことです。LTVは、その顧客が取引を続けるあいだに積み上がる利益の合計です。1回きりの売上で見ると小さく、「CACを下回る、赤字だ」と早合点しがちですが、継続して買ってくれるならLTVはずっと大きくなります。CACと並べるのは1回の売上ではなく、生涯にわたる価値だという点を外さないでください。
LTVそのものの意味の掘り下げや、継続期間・解約率(チャーン)から実際にLTVを算出する手順は、顧客生涯価値の計算を扱うLTV入門(kouza-127-ltv-basic)が正本です。本講座では、LTVは「CACと並べる比較相手の数字」として、出せる範囲の値を用意できれば十分とします。LTVを引き上げる打ち手としての値段の決め方は値決め・価格設定入門(kouza-024-pricing-basic)へ。
そして、LTV÷CACで1人あたりは割に合うと出ても、施策全体として投資対効果が出ているかは別の確認が要ります。その次の一歩は投資対効果を施策単位で確かめるROI入門(kouza-028-roi-basic)へ進んでください。
この章の確認(演習)
第2章で出したCAC(例:3,000円)と、その顧客のLTV(例:12,000円)を用意し、LTV÷CACを計算してください(例:12,000 ÷ 3,000 = 4)。そのうえで「この獲得は割に合う/合わない」を、「かけた費用の何倍が返ってくるか」という理由とともに一文で書きます。値が小さく出たら、「目安の3に届くにはLTVを上げるかCACを下げるか」のどちらに手を打つかも、ひとこと添えてみましょう。
まとめ
CACとは、顧客1人を獲得するのにかかった費用です。式は「獲得にかけた費用 ÷ 獲得できた新規顧客数」。大事なのは、費用の総額ではなく「1人あたりいくらか」で見ること、そしてその数字を単体で良し悪し判断しないことです。CACは比較相手の数字であるLTV(顧客が生涯にもたらす価値)と並べ、「LTV÷CAC」で割に合っているかを読みます。値が大きいほど割に合い、目安としてはLTVがCACの3倍以上がよく挙がりますが、適正値は業種や段階で変わります。CACはROI(費用対効果)を判断する材料であり、獲得コスト側を1人あたりに分解した見方だ、という位置づけも押さえておきましょう。
明日の一歩として、担当している施策の「使った費用」と「獲れた顧客数」からCACを1つ計算し、分かる範囲のLTVと並べてLTV÷CACを出してみてください。期間・費用範囲・獲得の定義をそろえることだけ、忘れずに。
施策ごとの費用対効果を比べて優先順位をつける進め方を知りたくなったら、次はROI入門(kouza-028-roi-basic)へ進みましょう。
CAC/LTVの計算手順と、期間・費用範囲・獲得の定義をそろえるチェック観点をまとめた解説を、メルマガ登録で受け取れます。自分の施策をそのまま当てはめられるよう、確認の順番に沿ってまとめています。
よくある質問
CACとROIは何が違うのですか
CACは顧客1人あたりの獲得費用、ROIはかけた費用に対する効果の度合いです。CACはROIを判断する材料の一つで、獲得コストを1人あたりに分解した見方にあたります。
獲得費用には何を含めればよいですか
広告費だけの場合も、人件費やツール費まで含める場合もあります。正解は一つではないので、含めた範囲を毎回宣言し、比べる相手と範囲をそろえることが肝心です。
LTV÷CACは何倍あれば合格ですか
3以上が健全の目安としてよく挙げられます。ただし主にSaaS等の文脈で、業種や事業段階で適正値は変わるため、暗記の合格ラインにせず自社の水準で考えてください。
無料登録と有料購入、どちらを「獲得」と数えますか
出典で決まった基準はありません。無料登録か有料購入かを自社のルールで一つに固定し、CACを比べるあいだは定義を変えないことが大切です。