「あの失敗、まだ引きずってる」。同じ叱責を受けても、翌日にはもう次の仕事へ動き出せる人と、何日も気持ちが沈んだままの人がいます。この違いは、もともとの性格の強さではありません。落ち込んだあとにまた動き出す力——レジリエンス(立ち直る力)の高め方を知っているかどうかの差です。そして、その高め方はあとから身につけられます。
本講座は、この「落ち込んだ“あと”に、どう受け止め直して、また動き出すか」という回復のプロセスだけに絞ります。落ち込む“手前”で心身のサインに早く気づき、軽いうちに対処するセルフケアそのものはストレスマネジメント入門が正本です。本講座はそこには踏み込みません。
この講座を終えると、次の3つができるようになります。レジリエンスを「生まれつきの強さ」ではなく、あとから育てられる立ち直りの力として自分の言葉で説明できること。落ち込んだとき、起きた出来事(事実)と自分の解釈(思い込み)を切り分けて、人格を否定する解釈を次につながる見方に書き換えられること。そして、立ち直りを支える小さな習慣を1つ選んで続けられることです。覚えて帰る型は「育てられると知る → 出来事と解釈を切り分けて書き換える → 立ち直りの小さな習慣を1つ続ける」。本講座では、上司に資料を差し戻されてその日いったん落ち込み、そこから受け止め直して翌朝また動き出す、という1つの場面を全章で追いかけます。
この講座のポイント
- レジリエンスを「生まれつきの強さ」ではなく、あとから育てられる立ち直りの力として、自分の言葉で説明できる。
- 起きた出来事(事実)と自分の解釈(思い込み)を切り分け、人格を否定する解釈を、次につながる見方に書き換えられる。
- 逆境から立ち直るのを支える小さな習慣を1つ選び、いつ・何をするかを決めて続けられる。
レジリエンスとは何か——立ち直る力は育てられる
この章のゴール
レジリエンスを「生まれつきの強さ」ではなく、あとから育てられる立ち直りの力として、自分の言葉で説明できる。
レジリエンスは「へこまない強さ」ではなく「へこんでも戻る力」
レジリエンスとは、もとは「弾力性」を意味する言葉で、心理・精神医学の分野では「苦境を体験した後に復元する力」を表します。日本語にするなら「立ち直り力」が一番近い言葉です(出典:大阪大学医学系研究科「レジリエンス Resilience」藤原千惠子)。米国心理学会(APA)も、レジリエンスを「逆境やつらい出来事、重大なストレスにうまく適応していくプロセス」と位置づけています(出典:APA「Building your resilience」)。
ここで大事なのは、レジリエンスが「へこまない・傷つかない強さ」ではない、という点です。大きな衝撃を受ければ苦悩するのは当たり前で、つらさやもろさ(自分の弱さ)を感じながら、それでも一歩ずつ前へ進んでいくこと——そのプロセス全体がレジリエンスです(出典:大阪大学医学系研究科、同上/APA「10 Ways to Build Resilience」)。落ち込むこと自体は失敗ではありません。へこまないことではなく、へこんでも戻れること。それが立ち直る力です。
立ち直る力は才能ではなく、あとから育てられる
レジリエンスは、特別な人だけが生まれつき持っている才能ではありません。誰もが持ち備えているもので、自分に合うやり方を見つけて育て・強められるものです(出典:大阪大学医学系研究科、同上)。APA も、レジリエンスは「持っている/いないという固定的な特性ではなく、誰の中にも学び・育てられる行動や考え方・行為だ」と明言しています(出典:APA「10 Ways to Build Resilience」)。
共通例で考えます。上司に資料を差し戻された日、「自分はダメだ」と固まってしまう受け止めと、「やり方をまだ知らなかっただけだ」と捉える受け止めでは、翌日の動き出しがまるで変わります。違いは生まれつきの強さではなく、出来事の受け止め方と、それを支える日々の習慣です。どちらも、あとから整えられます。
「自分はメンタルが弱いから無理」というつまずき
つまずきやすいのは2つです。1つは「自分はメンタルが弱いから立ち直れない」と、才能の問題にしてしまうこと。レジリエンスは誰もが持ち、育てられる力なので、これは前提が違います。もう1つは、落ち込むこと自体を「悪いこと」と考えて、つらいと感じる自分を責めてしまうこと。つらさを感じるのは適応の自然な一部であって、感じないようにすることが目標ではありません。まず、自分の“いつもの落ち込みパターン”——どのくらいの時間引きずるか、どんな言葉が頭に浮かぶか——を1つ思い出して言葉にしてみましょう。それが、育てる対象を自覚する出発点になります。
この章の確認(演習)
最近うまくいかなかった出来事を1つ挙げ、そのとき頭に浮かんだ言葉(例:「自分は向いていない」)をそのまま書き出してください。そのうえで、「レジリエンスとは何か」「それは生まれつきの才能ではない」ということを、自分の言葉で1文にまとめてみましょう。
出来事と解釈を切り分ける——受け止め方を書き換える
この章のゴール
起きた出来事(事実)と自分の解釈(思い込み)を切り分け、人格を否定する解釈を、次につながる見方に書き換えられる。
落ち込みを長引かせるのは出来事より、出来事に乗せる解釈
落ち込みを長引かせるのは、出来事そのものよりも、その出来事に自分が乗せる解釈であることが多いものです。ここで土台になるのが、APA の指摘です。強いストレスとなる出来事が起きるという事実は変えられないけれど、その出来事をどう解釈し、どう反応するかは変えられる(You can't change the fact that highly stressful events happen, but you can change how you interpret and respond to these events)——これがレジリエンスを支える中核です(出典:APA「10 Ways to Build Resilience」)。差し戻しという出来事は変えられませんが、その受け止め方は変えられる、ということです。
事実と解釈を2行に分けて見分ける
そこで、起きたことを「事実」と「解釈」の2行に分けてみます。共通例なら、事実は「資料の構成が、指定されたものと違っていた」。解釈は「自分は仕事ができない人間だ」。事実は実際に起きたこと、解釈はそこに自分が乗せた考えです。落ち込みを長引かせるのは、たいてい後者の解釈、とくに失敗を自分の能力や人格“全体”へ広げてしまう考え方です。役に立たないネガティブな考えに気づいて、いったん立ち止まって向き合うことが、回復の手がかりになります(出典:NIMH「Caring for Your Mental Health」)。
人格否定の解釈を「次の行動が見える形」に書き換える
切り分けられたら、人格を否定する解釈を、次の行動につながる言い方に書き換えます。「自分は仕事ができない」を、「資料の作り方をまだ知らなかった。次は提出前に見本を確認すればいい」に置き換える、というように。コツは、出来事を実際より大げさに捉えないこと、そして苦しいときほど広い文脈と長期の視点を保つことです。APA は、非常につらい出来事に直面しているときでも、状況を広い文脈で捉えて長期的な視点を持つこと、起きたことが将来を決めるわけではないと捉え直すことを勧めています(出典:APA「10 Ways to Build Resilience」)。
注意したいのは、目的は「無理に前向きになること」ではない点です。むやみにポジティブへ言い換えようとすると空回りします。狙いはあくまで、次の一歩が見える形にすること。ここで扱うのはあくまで落ち込んだ“あと”の受け止め直しで、そもそも落ち込む“手前”で心身のサインに早く気づき軽いうちに対処するセルフケアはストレスマネジメント入門が正本です。
この章の確認(演習)
第1章で書き出した出来事を、「事実」と「解釈」の2行に分けてください。解釈の行に、自分の能力や人格を丸ごと否定するような言葉があれば、それを「次に何をすればいいか」が見える言い方に1つ書き換えてみましょう。
レジリエンスを高める小さな習慣を作る
この章のゴール
逆境から立ち直るのを支える小さな習慣を1つ選び、いつ・何をするかを決めて続けられる。
立ち直りは一度の切り替えでなく、ふだんの小さな習慣が土台になる
立ち直りは、その場の一度きりの気持ちの切り替えだけで完結するものではありません。ふだんの小さな自分のケア(セルフケア)が、回復の土台になります。APA は、自分のニーズや感情に注意を払い、楽しめてリラックスできる活動をして、定期的に体を動かすこと——つまり自分をケアすることが、「レジリエンスが必要な状況に対処できるよう心と体を整える」と述べています(出典:APA「10 Ways to Build Resilience」)。NIMH も、運動・睡眠・リラックスできる活動といったセルフケアが心の健康の維持と回復を支えるとしています(出典:NIMH「Caring for Your Mental Health」)。
落ち込んだ日に頼れる行動を、あらかじめ決めておく
支えになる行動には、たとえば次のようなものがあります。1つは体を動かすこと。運動には、ネガティブな気分を発散させ、心と体をリラックスさせる作用があります(出典:厚生労働省「こころもメンテしよう・体を動かす」)。2つ目は人とつながること。つらいときに、気持ちや実際の助けを支えてくれる家族や友人に連絡し、サポートを受け入れることはレジリエンスを強めます(出典:APA「10 Ways to Build Resilience」/NIMH「Caring for Your Mental Health」)。3つ目は書き出すこと。つらかった出来事についての自分の深い気持ちを書き出す、という方法もレジリエンスを強める一手として挙げられています(出典:APA「10 Ways to Build Resilience」)。
これらを、落ち込んでから探すのではなく、あらかじめ1つ決めておくのがポイントです。気力が落ちた日でも、決めてある行動なら動き出しやすくなります。共通例なら、「落ち込んだ日は帰りに(例)10分歩く」「もやもやは寝る前に(例)3行書き出す」といった、自分が続けられそうな一手を1つ用意しておきます。
「毎日30分運動」で始めて続かない、というつまずき
ありがちなつまずきは、「毎日30分運動する」のように大きく始めて続かないことです。実際には、運動は小さく始めて構いません。一度に30分連続でできなくても、少しずつの積み重ねで効果があります(出典:NIMH「Caring for Your Mental Health」)。厚生労働省も、長期的には10分程度の歩行を1日に数回行う程度でも健康上の効果が期待でき、身体活動・運動はメンタルヘルスや生活の質の改善に効果があるとしています(出典:厚生労働省「健康日本21 身体活動・運動」)。大切なのは、立派さではなく、今日からできる小ささです。
なお、ここで扱うのは「立ち直りを支える行動を1つ選んで始める」ところまでです。選んだ行動を三日坊主にせず定着させる仕組み・手順そのものは習慣化入門が正本です。また、落ち込みとは別に、やる気そのものを切らさず保ちたいときはモチベーション管理入門を参照してください。
この章の確認(演習)
自分が続けられそうな“立ち直りの習慣”を1つ決め、「○○したら(きっかけ)→ △△する」の形で1文に書いてください。たとえば「仕事で落ち込んだら → 帰りに一駅分歩く」のように、きっかけと行動をセットにします。
まとめ
レジリエンスとは、逆境にへこんでも立ち直る、あとから育てられる力です。へこまない強さではなく、つらさを感じながらも戻れること。覚えて帰る型は「育てられると知る → 出来事と解釈を切り分けて書き換える → 立ち直りの小さな習慣を1つ続ける」の3ステップです。
明日の一歩として、次にうまくいかない出来事が起きたら、「事実」と「解釈」を2行に分けて書き、人格を否定する解釈があれば次の一歩が見える形に書き換えてみてください。そして、決めておいた“立ち直りの習慣”を1つ実行する。それが、立ち直る力を育てる最初の実務です。落ち込む“手前”でサインに気づくセルフケアはストレスマネジメント入門、選んだ行動を定着させる手順は習慣化入門へ進むのが次のステップです。
本講座の特典として、出来事と解釈の切り分けと、立ち直りの習慣を書き込める「立ち直りメモシート」をご用意しています。落ち込んだときに2行に分けて書き、決めた習慣を1つ実行する——その流れをそのまま埋められるシートです。入手は無料会員登録からどうぞ。
よくある質問
レジリエンスは生まれつきの性格で決まりますか
決まりません。レジリエンスは誰もが持ち、自分に合うやり方であとから育てられる力です。生まれつきの強さではなく、受け止め方と小さな習慣で高められます。
レジリエンスが高いと、落ち込まなくなるのですか
なりません。つらい出来事で苦しむのは自然なことです。落ち込まないことではなく、つらさを感じながらも適応し、また動き出せることがレジリエンスです。
出来事と解釈を分けると、何が変わりますか
落ち込みを長引かせるのは多くが解釈の側です。事実と解釈を分けると、人格否定の思い込みに気づき、次の行動が見える言い方へ書き換えられます。
立ち直りの習慣は、どのくらいの大きさで始めるとよいですか
小さくで構いません。運動なら一度に長時間でなくても積み重ねで効果があります。今日からできる一手を1つ決め、続けられたら広げていくのが現実的です。