「3年後、どうなっていたい?」——年に一度のキャリア面談で、上司にそう聞かれたあなたは、とっさに「マネージャー…ですかね? でも、専門性も捨てたくなくて…」と答えました。言いながら、自分でも何が言いたいのか分からなくなって、気まずく固まってしまった。「成長したい」という気持ちは確かにあるのに、何を・いつ・どうやればいいのかが決まらないから、結局またいつもの業務に流されて、気づけば1年が過ぎている。目の前の仕事は回せるようになったのに、数年後の自分だけが、ずっとぼんやりしたまま——そんな経験は、ありませんか。
でも、安心してください。面談で「3年後どうなりたい?」にスラスラ答えられる人と、固まってしまうあなたの違いは、意志の強さでも、運でも、立派な夢があるかどうかでもありません。“成り行きで待つ”か、それとも“ありたい姿から逆算して設計する”か——たった1つ、考え方の「向き」が違うだけです。その向きを変えるのが、この講座で渡す1枚の地図です。
キャリアデザインは、決して特別な人だけのものではありません。法律(職業能力開発促進法)でも、働く人は「自ら職業生活設計(キャリアデザイン)を行う立場にある」とされていて、2016年の改正でこの考え方が明記されました。つまり、キャリアを会社任せにせず、自分で設計していくことは、いまや誰もが取り組んでよい当たり前の作業なのです。この講座を読み終えたあなたは、次の3つができるようになります。
- キャリアデザインを「会社任せ・成り行き」ではなく、数年後のありたい姿から逆算して行動計画を作ることとして、自分の言葉で説明できる(“成り行きキャリア”と“設計するキャリア”の違いを言える)
- 数年後の「ありたい姿」を、「成長したい」のような抽象的な言葉ではなく、観察できる状態で1つ描き、いまの自分(現在地)を書き出して、両者のギャップを言葉にできる
- そのギャップを、1年後・3ヶ月後のマイルストーン(中間地点)に逆算で分解し、「いつ・何を・どうやるか」の行動計画を作成でき、予期しない変化に合わせて計画を見直す前提(柔軟さ)を持てる
この講座は最後まで、「ソフトウェア開発会社で働く、入社6年目のエンジニア・拓海(たくみ)さん(30歳)」という、たった1人の場面だけで進めます。拓海さんは、まさに冒頭の面談で固まってしまった人です。この同じ1人のキャリアを、キャリアデザインとは何か→ありたい姿→逆算→行動計画、と1マスずつ地図に埋めていきます。各章末には手を動かす演習も置いているので、ぜひ自分のことに置き換えて、書きながら読み進めてください。読み終えたとき、あなたの手元には自分の行動計画が1枚できているはずです。そして、その行動計画の出発点(=今の自分の強み・スキル)をもっと正確に描きたくなったら、最後にスキル診断への入口も案内します。まずは、この1本で「ありたい姿から逆算する」地図の全体を掴みましょう。
この講座のポイント
- キャリアデザインを「会社任せ・成り行き」ではなく、ありたい姿から逆算して行動計画を作る設計として、自分の言葉で説明できる
- 数年後の「ありたい姿」を、「成長したい」のような抽象的な言葉ではなく観察できる状態で1つ描き、現在地を書き出してギャップを言葉にできる
- ありたい姿と現在地のギャップを、1年後・3ヶ月後のマイルストーン(中間地点)に逆算で分解できる
- 手前のマイルストーンを、「いつ・何を・どうやるか」の行動計画に落とせ、さらに計画を見直す前提(柔軟さ)を持てる
キャリアデザインとは何か(成り行きでなく、ありたい姿から逆算する設計)
まずは、「3年後どうなりたい?」に固まってしまうモヤモヤの正体を、はっきりさせましょう。キャリアという言葉を、漠然とした不安のタネから、自分で使える1枚の地図に変える土台の章です。
この章のゴール
この章を読み終えると、キャリアデザインを「会社任せ・成り行き」ではなく、ありたい姿から逆算して行動計画を作る設計として、自分の言葉で説明できるようになります。
「3年後どうなりたい?」に固まる正体
あなたの意志が弱いわけでも、人より夢がないわけでもありません。多くの場合、面談で固まるのは、キャリアを「会社の異動や上司が決める、成り行きで進むもの」と捉えていて、自分で考えるときの“向き”を持っていない——これが正体です。
考えてみてください。目の前の仕事には、ちゃんと向き合えています。納期も守るし、後輩のフォローもできる。なのに「3年後は?」となった瞬間に止まってしまうのは、能力の問題ではなく、未来を考える地図を渡されたことがないからです。これは、行き先を決めずに「とりあえず歩き出してみて」と言われて立ちすくむのと同じこと。
ここで覚えてほしい背骨は、ひとつです。キャリアは、成り行きで“なる”ものではなく、ありたい姿から逆算して“設計する”もの。そして、考える向きは、未来(ありたい姿)から今へ。この向きさえ持てれば、「3年後どうなりたい?」に、固まらず“次の一手”まで答えられるようになります。
キャリアデザイン=ありたい姿から逆算して、今の行動を設計すること
キャリアデザインとは、配属や異動を会社に委ねて「なるようになる」のを待つこと(成り行きキャリア)ではありません。自分で数年後の「ありたい姿」を描き、そこから逆算して、今からの行動を設計することです。
ここで、考え方の「向き」に2つあることを押さえましょう。
| 向き | 考え方 | たとえると |
|---|---|---|
| フォアキャスティング | 今の自分を起点に「この延長で何ができるか」と前へ伸ばす | 今いる場所から、行けるところまで歩く |
| バックキャスティング | 未来のありたい姿を起点に「そこに着くには今何をすべきか」と逆算する | 行き先を決めてから、今いる場所への道順を引く |
フォアキャスティング(今→未来)は、現状の延長を描くのは得意ですが、今と大きく違う未来にはたどり着きにくい。一方、バックキャスティング(未来→今)は、まず「ありたい姿」を決めて、そこから現在へさかのぼって道順を引きます。この「未来から今へ逆算する」考え方は、1982年にジョン・B・ロビンソンが提唱したとされ、もともとは未来予測や政策づくりで使われてきました。キャリアデザインの背骨は、このバックキャスティングのほうです。なぜなら、「今できることの延長」だけで考えていると、いつまでも今の自分の枠を超えられないからです。
全体像は4ステップの地図:ありたい姿→ギャップ→逆算→行動計画
では、ありたい姿から逆算して設計するとは、具体的にどう進めるのか。順番は、この4ステップです。
| ステップ | 考えること | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| ① ありたい姿 | 数年後、どうなっていたいか | どこへ? |
| ② 現在地とのギャップ | 今はどこにいて、何が足りないか | 今どこ? |
| ③ 逆算(マイルストーン) | その差を、いつまでに何で埋めるか | どう刻む? |
| ④ 行動計画 | 来週から、いつ・何を・どうやるか | 何をする? |
これが、キャリアデザインの全体像=1枚の地図です。①ありたい姿から始めて、②ギャップ、③逆算、④行動計画の順に埋めていきます。
よく聞く「キャリアプラン」「Will-Can-Must」「逆算思考」といった言葉も、実はこの地図のどこかに乗っています。今は名前を覚えなくて大丈夫です。「全部この4ステップの地図の上に乗るんだな」とだけ掴んでください。大事なのは、いきなり手段(資格を取る・転職する・異動を希望する)から動かないこと。手段は④の中の道具で、ありたい姿(①)を決める前に手を出すと、空回りします。
ここで、この講座を通して使う共通例に登場してもらいましょう。入社6年目のエンジニア、拓海さん(30歳)です。拓海さんは、ソフトウェア開発会社でチームの中堅として働いています。コードは問題なく書けるし、後輩2人の面倒も見はじめた。実務はちゃんと回せます。でも、冒頭の面談で「3年後どうなりたい?」と聞かれ、「マネージャー…? でもコードも書いていたい」としか答えられず、固まってしまいました。ここで「とりあえず目の前の仕事を頑張る」「上司のおすすめに従う」と進むのが、地図を持たない成り行きの状態。そうではなく、「①3年後どうありたい? ②今はどこにいる? ③その差をどう埋める? ④来週から何をする?」の順で考える——これがキャリアデザインです。この章では、まだ中身は埋めません。4つの問いの“枠”だけを立てておきます。
この章の確認(演習)
共通例「拓海さん」、あるいは自分自身について、いきなり手段(資格・転職)を考えるのをやめて、次の4つの問いを、答えは空欄のまま書き出してみてください。
- ① ありたい姿(数年後どうなっていたい):_____
- ② 現在地(今できている/任されていること):_____
- ③ ギャップの埋め方(差をどう刻むか):_____
- ④ 来週の一歩(最初にやること):_____
そのうえで、「キャリアデザインとは、ありたい姿から逆算して行動計画を作ることだ」を、自分の言葉で1〜2行に書いてみます。成り行きでも、手段からでもなく、“未来から”入る感覚を、自分の手で言葉にできたら、この章はゴールです。空欄は、これから第2章・第3章・第4章で1つずつ埋めていきます。
ありたい姿を「観察できる状態」で描く(+現在地とのギャップ)
地図の1マス目、ありたい姿(未来)を埋めていきます。ここを曖昧なままにすると、あとの逆算がすべてぼやけます。逆に、ここをくっきり描ければ、道順は驚くほど見えやすくなります。
この章のゴール
この章を読み終えると、数年後の「ありたい姿」を、「成長したい」のような抽象的な言葉ではなく観察できる状態で1つ描き、現在地を書き出してギャップを言葉にできるようになります。
「成長したい」では、動けない
ありたい姿を考えるとき、多くの人が最初につまずくのが、こういう言葉で止めてしまうことです。「成長したい」「活躍したい」「リーダーになりたい」。気持ちはとてもよく分かります。でも、この言葉のままでは、残念ながら一歩も動けません。
なぜなら、「成長したい」は、今の自分との差が測れないからです。差が測れなければ、何をどれだけやればいいかが決まらず、逆算もできません。だから、いつまでも「がんばろう」という気持ちだけが空回りして、日々の業務に流されてしまうのです。冒頭の拓海さんの「マネージャー…?」も、まさにこの状態。言葉が大きすぎて、明日の行動につながらないのです。
“その状態で何が観察できるか”まで具体化する
ではどうするか。ありたい姿を、「その状態になったら、何が観察できるか」まで具体化します。具体的には、次の3つの観点で書き下ろします。
- どんな役割を任されているか
- どんな仕事を1人で回しているか
- 周りからどう見られ、何を相談されているか
これは、目標を「理解する」「成長する」ではなく、「説明できる」「作成できる」「任されている」という、外から見て分かる言葉で書く作法です。目標を具体的で測定できる形にする考え方は、SMART(具体的・測定可能・達成可能・関連・期限。ジョージ・T・ドランが1981年に提唱)という枠としても知られていますが、今は頭文字を覚える必要はありません。「あいまいな願望を、外から観察できる状態に翻訳する」——これだけ押さえてください。
現在地を並べて、ギャップを言葉にする
ありたい姿を観察できる形で描いたら、次にやることは1つだけです。すぐ隣に、現在地(今できていること・任されていること)を並べて書く。そして、引き算をします。
ありたい姿 − 現在地 = 埋めるべきギャップ
このギャップこそが、第3章で逆算する“距離”になります。ありたい姿だけを描いて満足してしまうと、この距離が出ません。必ず現在地とペアで書くのが、ありたい姿を「絵に描いた餅」で終わらせないコツです。
では、拓海さんで実際にやってみましょう。最初、拓海さんのありたい姿は「マネージャーになりたい(でもコードも書きたい)」と曖昧でした。これを観察できる状態に翻訳すると、こうなります。
| 拓海さんの場合 | |
|---|---|
| ありたい姿(3年後) | 5人規模のチームで、要件定義から運用まで一気通貫で任せられる小さなプロダクトを1つ持ち、後輩2人が設計の相談に自分のところへ来る状態 |
| 現在地(今) | 実装が中心。要件定義は先輩がやっている。設計レビューには同席するだけ。プロダクト全体は持っていない |
| ギャップ | 要件定義・設計を自分が主導してやれること/小さくても1つのプロダクトを任されること |
どうでしょう。「マネージャー…?」のままだと、今の自分との差がまったく測れませんでした。でも、観察できる状態に書き直した瞬間、「要件定義・設計を自分主導で」「プロダクトを1つ持つ」という、埋めるべき距離がくっきり見えてきましたよね。この距離が見えれば、もう半分は進んだようなものです。
この章の確認(演習)
自分(または拓海さん)の3年後の「ありたい姿」を、「○○な役割で、△△を任され、周りから□□と見られている」という形で、観察できる状態で1つ書いてみてください。
書けたら、すぐ隣に「現在地(今できている/任されていること)」を書き、ありたい姿 − 現在地 = ギャップを1〜2行で言葉にします。もし「成長したい」「活躍したい」のような抽象的な言葉が残っていたら、「それが観察できる状態って、具体的にどういうこと?」と、もう一段おろしてみてください。ギャップが言葉になったら、ゴールです。
逆算する——ギャップをマイルストーンに分解する(バックキャスティング)
地図の2マス目、逆算(バックキャスティング)です。第2章で出したギャップを、いきなり埋めようとすると、遠すぎて手が止まります。そこで、未来から手前へ、中間地点を置いていきます。
この章のゴール
この章を読み終えると、ありたい姿と現在地のギャップを、1年後・3ヶ月後のマイルストーン(中間地点)に逆算で分解できるようになります。
未来から現在に向かって、中間地点を置く
3年後のありたい姿と、今の現在地。その間のギャップは、一気には埋まりません。3年分の距離を「さあ埋めよう」と言われても、どこから手をつければいいか分からないからです。
そこで使うのが、第1章で出てきたバックキャスティング——「未来から今へさかのぼる」考え方です。やり方はシンプルで、ゴール(3年後)から手前に向かって、中間地点(マイルストーン)を置いていくだけ。「3年後にこうなっているには、1年後はどうなっていれば順調か?」「では、半年後・3ヶ月後は?」と、未来から現在へ問いをさかのぼらせます。
ここで、つい今の自分からの“足し算”(フォアキャスティング)で考えたくなりますが、ぐっとこらえてください。「今できることの延長で…」と考えると、今の枠の中に留まってしまい、ありたい姿には届きません。起点は、あくまで未来です。
3年後 → 1年後 → 3ヶ月後 に刻む
中間地点を置くときのポイントは、第2章と同じです。各マイルストーンも、観察できる状態で書くこと。「がんばる」「意識する」では、また動けなくなります。
拓海さんのギャップ(要件定義・設計を自分主導/プロダクトを1つ持つ)を、逆算で刻んでみましょう。
| 時点 | マイルストーン(観察できる状態) |
|---|---|
| 3年後(ありたい姿) | 一気通貫で任せられるプロダクトを1つ持っている |
| 1年後 | 設計レビューを自分が主担当で月2件回し、小さな機能の要件定義を1つ任されている |
| 3ヶ月後 | 先輩の設計レビューに3件同席し、「自分が主担当なら何を確認するか」のメモを毎回残している |
見てください。3年後の「マネージャー…?」は、遠すぎて何もできませんでした。でも、3ヶ月後の「先輩のレビューに3件同席して、メモを取る」まで下りてくると、どうでしょう。これなら、来週の予定に入れられますよね。逆算とは、つまり“遠い夢を小さく刻んで、今週やれることに変える”作業なのです。
いちばん手前が「来週やれる」粒度まで下りているか
逆算がうまくいったかどうかは、いちばん手前のマイルストーン(3ヶ月後)が、「来週の予定に書き込めるか」で判定できます。もし3ヶ月後の項目が、まだ「設計力をつける」のように大きいままなら、それは刻みが足りない証拠。「設計力をつけるって、3ヶ月後に観察できる状態だと?」と、もう一段おろします。
逆に、手前が「来週やれる」まで下りていれば、逆算は成功です。遠かったゴールが、明日からの具体的な一歩につながった——この瞬間が、キャリアが「成り行き」から「設計」に変わる転換点です。
この章の確認(演習)
第2章で書いたギャップを、3年後 → 1年後 → 3ヶ月後の3つのマイルストーンに、逆算で分解してみてください。順番は必ず、未来(3年後)から手前(3ヶ月後)へ。
各マイルストーンは、「○○できている」「○○を任されている」という、観察できる状態で書きます。最後に、いちばん手前(3ヶ月後)が「来週の予定に書き込める」粒度まで下りているかを、確認してください。下りていれば、ゴールです。
行動計画に落とす——「いつ・何を・どうやる」+計画は地図
地図の3マス目、行動計画です。逆算したマイルストーンを、いよいよ来週から動ける形にします。そして、この章では「計画とのつき合い方」——立てた計画をどう扱うか、という、キャリアデザインでいちばん大事な構えもお伝えします。
この章のゴール
この章を読み終えると、手前のマイルストーンを、「いつ・何を・どうやるか」の行動計画に落とせ、さらに計画を見直す前提(柔軟さ)を持てるようになります。
マイルストーンを「いつ・何を・どうやる」に落とす
3ヶ月後のマイルストーン(観察できる状態)を、来週から動ける行動に変えます。使うのは、3つの問いだけです。
- いつ(期限):いつまでにやるか
- 何を(具体的な行動):何をするか
- どうやって(手段・相手):どんな方法で、誰と進めるか
このとき、行動は具体的・期限つき・自分が主語にするのがコツです。「設計力をつける」ではなく「来週の1on1で上司に設計レビューへの同席を頼む」。主語が自分で、期限があって、具体的。こうした“良い目標の条件”は、先ほど触れたSMART(具体的・測定可能・達成可能・関連・期限)という枠でも整理されています。
拓海さんの3ヶ月後マイルストーン(先輩のレビューに3件同席しメモを残す)を、行動計画に落としてみましょう。
| 項目 | 拓海さんの行動計画 |
|---|---|
| いつ | 今四半期中(3ヶ月以内) |
| 何を | 先輩の設計レビュー3件に同席し、毎回「自分が主担当なら確認する点」を5項目メモする |
| どうやって | 来週の1on1で上司に「設計レビューに同席させてほしい」と依頼し、カレンダーに同席枠を3つ先に入れておく |
「マネージャー…?」と固まっていた拓海さんが、ここまで来ると「来週の1on1で同席を頼む」という、明日カレンダーに書ける1行にたどり着きました。これが、ありたい姿から逆算して行動計画を作る、ということです。
計画は「石板」ではなく「地図」——偶然に開いて、描き直す
さて、ここからが、この中級講座でいちばん大事なところです。ここまで「逆算して計画を立てよう」と言ってきましたが、逆算した計画は、未来を言い当てる予言ではありません。むしろ、その逆を知っておく必要があります。
キャリアの研究には、こんな考え方があります。スタンフォード大学のクランボルツ教授らが提唱した計画的偶発性理論です。これは、個人のキャリアの多く——キャリアの8割は予期しない偶然の出来事で形づくられる、という研究もある、という考え方です(Mitchell, Levin & Krumboltz, 1999)。実際、思いがけない異動、たまたま頼まれた仕事、偶然出会った人——振り返れば、計画になかった出来事がキャリアを動かしていた、という経験は誰にでもあるはずです。クランボルツらは、「目標をきっちり決めて、そこから逆算して作り込むやり方だけでは、現実には足りない」とまで言っています。
では、逆算には意味がないのでしょうか。そうではありません。大事なのは、計画を「一度刻んだら変えられない石板」ではなく、「いつでも引き直せる地図」として持つことです。具体的には、2つ。
- 定期的に見直す:たとえば四半期ごとに、「マイルストーンに届いたか」「そもそもありたい姿は変わっていないか」を棚卸しして、計画を引き直す。
- 予期しないチャンスは、ありたい姿に照らして掴みにいく:偶然の話が来たとき、「自分のありたい姿に近づくか?」で判断して、近づくなら飛び込む。
拓海さんの場合で言えば、もし途中で「新規プロダクトの立ち上げメンバー募集」という思いがけない話が来たら、これはチャンスです。ありたい姿(一気通貫で任せられるプロダクトを1つ持つ)に、まさに近づく偶然だからです。計画になかったとしても、ありたい姿に照らして「合う」と判断できるなら、手を挙げる。逆に、ありたい姿から遠ざかる話なら、丁寧に見送る。ありたい姿という“照らす基準”があるからこそ、偶然を「ただの流される」ではなく「活かせるチャンス」に変えられるのです。
ここで、よくある2つの極端を避けてください。1つは、計画に固執して、変えてはいけないと思い込むこと(石板化)。もう1つは、逆に「どうせ偶然で変わるんだから、計画なんて無駄」と最初から放棄すること。どちらも違います。設計する力(逆算して計画を立てる)と、偶然に開いておく柔らかさ(地図として描き直す)、その両方で、キャリアは前に進みます。
「ありたい姿→ギャップ→逆算→行動計画」が、1枚そろう
ここまでで、第1章で空欄だった4つの問いが、すべて埋まりました。拓海さんは、ありたい姿(一気通貫で任せられるプロダクトを1つ持つ)→現在地とのギャップ(要件定義・設計を自分主導で)→逆算したマイルストーン(3ヶ月後:先輩のレビューに3件同席)→行動計画(来週の1on1で同席を依頼)まで、1本の線でつながりました。これが、あなたの手元にできる「行動計画1枚」です。
あとは、この計画を「地図」として持ち、四半期ごとに引き直しながら歩いていくだけ。もう、面談で「3年後どうなりたい?」と聞かれても、固まることはありません。
この章の確認(演習)
第3章で書いた、いちばん手前のマイルストーン(3ヶ月後)を、「いつ・何を・どうやる」の行動に落として、3つ書いてみてください。それぞれ、自分が主語で、期限がついていて、具体的に。
書けたら、最後に「次に計画を見直す日」を1つ、カレンダーに決めてください(たとえば3ヶ月後の月末)。これで、ありたい姿 → ギャップ → 逆算 → 行動計画が、あなたの手元に1枚そろいました。遠かった未来が、来週の予定と、見直しの仕組みに変わった——これが、キャリアデザインです。
まとめ:キャリアは“探す”のではなく“逆算して設計する”
おつかれさまでした。「入社6年目のエンジニア・拓海さん」という、たった1人の場面を、キャリアデザインとは何か→ありたい姿→逆算→行動計画、と1マスずつ地図に埋めてきました。第1章で空欄だった4つの問いを、ここで振り返ります。
- キャリアデザインとは……会社任せ・成り行きで「なる」のを待つことではなく、自分で数年後のありたい姿を描き、そこから逆算して今の行動を設計すること。考える向きは、未来(ありたい姿)から今へ(第1章)。
- ありたい姿(+ギャップ)……「成長したい」のような抽象語では動けない。「どんな役割を任され、どう見られているか」という観察できる状態で描き、現在地と並べてギャップを言葉にする。拓海さんなら「一気通貫で任せられるプロダクトを1つ持つ」(第2章)。
- 逆算(マイルストーン)……3年後のギャップは一気に埋まらない。未来から手前へ、3年後→1年後→3ヶ月後と中間地点を刻む。いちばん手前が「来週やれる」粒度まで下りたら成功(第3章)。
- 行動計画(+見直し)……マイルストーンを「いつ・何を・どうやる」に落とす。自分が主語・期限つき・具体的に。そして計画は石板でなく地図——偶然に開いて、定期的に描き直す(第4章)。
この4つは、すべて1つの問いに戻ります。「『3年後どうなりたい?』に、固まらず“ありたい姿→次の一手”まで答えられているか?」。この講座でいちばん覚えて帰ってほしいのは、このひと言です——キャリアは“探す”のではなく“逆算して設計する”。未来から今へ線を引き、ときどき引き直す。「やりたい夢」が先に見つからなくても大丈夫。ありたい姿を仮置きで描いて、逆算して、行動に落とし、歩きながら描き直していけばいいのです。
明日の最初の一歩:この講座で書いた自分の行動計画(3ヶ月後の行動3つ+見直し日)を、来週の1on1や手帳に1つ転記して、最初の1アクションの日付を、今すぐ入れてみてください。きれいにまとめる必要はありません。「3年後どうなりたい?」に、固まらず、ありたい姿から次の一手まで答えられたら、それが第一歩です。
そして、もう一歩、計画の精度を上げる方法があります。逆算(第3章)の出発点は、いつでも現在地でした。この現在地——「自分は今、何ができるのか(強み・スキル)」を、どれだけ正確に掴めているかで、逆算の精度は大きく変わります。自分では気づいていない強みや、伸びしろが見つかることもあります。そこで、今日描いた行動計画の出発点をくっきりさせるために、スキル診断を受けてみてください。現在地が解像度高く見えると、ありたい姿への道順は、さらに描きやすくなります。あなたのキャリアは、もう「成り行き」ではありません。未来から今へ、自分の手で線を引いていきましょう。
よくある質問
キャリアデザインとは何ですか?
ありたい姿から逆算して、今からの行動を自分で設計することです。会社の異動や上司の判断に委ねる「成り行きキャリア」ではなく、数年後に観察できる具体的な状態を描き、そこへの道順を自分で引く考え方です。
「ありたい姿」が思いつかない場合はどうすればよいですか?
最初は「仮置き」で大丈夫です。「成長したい」のような抽象的な言葉でも、「どんな役割を任されているか」「どんな仕事を一人で回しているか」「周りからどう見られているか」という3つの観点で書き下ろすと、具体的なイメージに変換できます。
バックキャスティングとフォアキャスティングの違いは何ですか?
フォアキャスティングは今の自分を起点に「この延長で何ができるか」と前へ伸ばす考え方で、バックキャスティングは未来のありたい姿を起点に「そこへ着くには今何をすべきか」と逆算する考え方です。キャリアデザインではバックキャスティングを使うことで、今の枠を超えた目標へ道順を引けます。
計画どおりに進まなかったらどうなりますか?
計画は「石板」ではなく「地図」として持つのがこの講座の考え方です。四半期ごとに「マイルストーンに届いたか」「ありたい姿は変わっていないか」を棚卸しして、計画を引き直す前提で使います。予期しない異動や偶然の機会も、ありたい姿に照らして判断することで積極的に活かせます。
行動計画はどのくらいの粒度で作ればよいですか?
いちばん手前のマイルストーン(3ヶ月後)が「来週の予定に書き込める」粒度まで下りていれば十分です。「自分が主語・期限つき・具体的な行動」という3条件を満たすことで、明日から動けるひと言になります。