「では、本日はありがとうございました。ご検討ください」——1人で行った初めての商談で、あなたはこう言って席を立ちました。名刺を交換し、会社案内を開いて一通り説明したけれど、途中で相手のペースに飲まれて、聞きたかったことを聞きそびれた。「他社さんより少し高くないですか?」と聞かれてしどろもどろになった。そして終盤、何を切り出していいか分からず「また連絡します」で退室——気づけば、次の予定は何も決まっていません。こんな“やりっぱなし”の商談を、なぜうまくいかなかったのか分からないまま繰り返していませんか。
でも、安心してください。商談をスラスラ進める先輩と、詰まってしまうあなたの違いは、センスでも度胸でもありません。違いはたった1つ、商談が始まる前に、準備をしているかどうかだけです。商談は、準備の段階でその勝敗のほとんどが決まる、とも言われます。そして準備とは、会社案内を印刷することではありません。商談の前に、次の3つを1枚の紙に書いておくことです。
| 準備シートの3項目 | 考えること |
|---|---|
| ① 目的 | なぜこの人に会うのか(相手のどんな困りごとのために会うのか) |
| ② 想定質問 | 何を聞かれそうか・こちらから何を聞くか |
| ③ ゴール | この商談をどう終わらせたいか(次の一歩) |
この講座を読み終えたあなたは、次の3つができるようになります。
- 商談の目的を、「自社が◯◯を売る」ではなく相手の困りごとを起点に、「相手の△△を解決するために会う」という形で1文で書ける
- 商談で出る想定質問を、相手から来そうな質問への答えとこちらから聞く質問の両方で、それぞれ3つずつ書き出せる
- 商談のゴールを、「いい雰囲気で終わる」「契約を取る」ではなく、観察できる“次の一歩”として1つ決められ、3つを1枚の準備シートに整理できる
この講座は最後まで、「オフィス用品をあつかう会社の若手営業“あなた”が、来週、町工場『山田製作所』の総務・佐藤さんに、新サービス『コピー用紙の定期便(毎月決まった量を自動で届けるサービス)』を初めて商談する」という、たった1つの場面だけで説明します。この同じ商談の準備シートを、目的→想定質問→ゴール、と1項目ずつ埋めていきます。各章末には手を動かす演習も置いているので、書きながら読み進めてください。そして講座の最後には、この準備シートのテンプレートをダウンロードできます。
第1章:目的——なぜこの商談をするのか
準備シートの1項目め、目的を埋めます。「なぜ、わざわざこの人に会うのか」をはっきりさせる、すべての土台になる章です。
この章のゴール
この章を読み終えると、商談の目的を、「自社が◯◯を売る」ではなく相手の困りごと(課題)を起点に、「相手の△△を解決するために会う」という形で1文で書けるようになります。
準備=資料を刷ること、ではない
まず、よくある勘違いを外しておきましょう。「商談の準備」と聞いて、会社案内やパンフレットを印刷することを思い浮かべていませんか。資料の用意も必要ですが、それは準備の本体ではありません。
準備の本体は、これから説明する目的・想定質問・ゴールの3つを考えることです。資料はそのあと。冒頭の“やりっぱなし商談”の正体は、まさにこの3つを考えずに、行き当たりばったりで会いに行ってしまったことにあります。ここで覚えてほしい背骨は、ひとつです。商談は、始まる前の準備で決まる。準備とは、目的・想定質問・ゴールを1枚に書いておくこと。
目的は「相手起点」で置く
では、準備の1項目め「目的」から。目的とは、「なぜこの人に会うのか」です。ここで多くの人がつまずくのが、目的を自社の都合で置いてしまうことです。
たとえば、あなたの目的が「コピー用紙の定期便を山田製作所に売ること」だったとします。気持ちは分かります。でも、この目的のまま商談に行くと、佐藤さんの目には「売り込みに来た人」としか映りません。人は、自分の都合を押してくる相手には心を開かないものです。
だから、目的は相手起点で置き直します。形はシンプルで、「相手の〔困りごと〕を、〔自社の何〕で軽くするために会う」です。山田製作所の場合なら、こうなります。「山田製作所では、コピー用紙をよく切らして、そのたび誰かが買いに走っているらしい。この“切らして買いに走る手間と、急な品切れ”を、定期便でなくすために会う」。
売りたい商品は同じ「定期便」でも、目的が自社都合か相手起点かで、商談全体の向きがまるで変わります。相手起点で置けば、あなたの言葉は「売り込み」ではなく「困りごとを一緒に解決しに来た」という色を帯びます。
目的を1文に書く手順
目的の書き方は、次の4ステップです。
- この商談で自分が売りたいもの(自社の都合)を、いったん書く
- 相手は何に困っていそうかを書く(はっきり分からなくてよい。“仮説”でかまいません)
- それを「相手の〔困りごと〕を、〔自社の何〕で軽くするために会う」の形に、1文で書き直す
- その1文の主語が“相手”になっているかを確認する
ポイントは、ステップ2の「困りごと」は仮説でよいということです。「たぶん、こう困っているのでは」で十分。本当にそうかは、次の第2章で用意する“こちらから聞く質問”で確かめます。だから今は、決めつけを恐れずに、相手の困りごとを1つ仮に置いてみてください。
この章の確認(演習)
共通例「山田製作所の佐藤さんとの商談」の目的を、「相手の〔困りごと〕を、〔自社の何〕で軽くするために会う」の形で、1文で書いてみてください。
次に、あなたの実際の商談を1つ思い浮かべて、同じ形で目的を1文にしてみましょう。書けたら、その文の主語が“相手”になっているかを確認します。「自社が売る」ではなく「相手の困りごとを軽くする」になっていれば、この章はゴールです。
第2章:想定質問——何を聞かれ、何を聞くかを先に書き出す
準備シートの2項目め、想定質問を埋めます。商談本番で固まらず、聞きそびれないための“台本”を、先に手元に作っておく章です。
この章のゴール
この章を読み終えると、商談で出る想定質問を、相手から来そうな質問への答えとこちらから聞く質問の両方で、それぞれ3つずつ書き出せるようになります。
固まる・聞きそびれるのは「先に書いていない」だけ
商談中に、想定外の質問でしどろもどろになる。聞きたかったことを聞きそびれて、帰り道に「あれ、聞けばよかった」と後悔する。これは、あなたのその場の対応力(センス)が足りないせいではありません。ただ、先に書き出していないだけです。
「行ってみないと、何を聞かれるか分からない」と感じるかもしれません。でも、よく来る質問は、実は商談の前にだいたい書けます。「だいたいこう聞かれる/こう聞く」を手元に持っておくだけで、本番の余裕がまるで違ってきます。
質問は2方向で用意する:相手から来る/こちらから聞く
想定質問は、2つの方向で用意します。守りと攻めの両方、と覚えてください。
(A) 相手から来そうな質問への答え——これは“守り”です。価格・他社比較・契約条件・不安など、相手が聞いてきそうな質問を先に挙げ、それぞれに答えを用意しておきます。これを想定問答と呼びます。想定問答とは、ひとことで言えば「相手から来そうな質問と、それへの答えを、商談の前に書いておくこと」です。通販サイトの「よくあるご質問(FAQ)」を、自分の商談用に先回りして作るイメージです。
(B) こちらから聞く質問——これは“攻め”です。第1章で立てた「相手の困りごとの仮説」を、確かめ、深めるための質問を用意します。守り(A)だけを用意して攻め(B)を忘れると、商談は自分が一方的に説明するだけで終わり、相手の本当の困りごとが分からないまま帰ることになります。
なお、(B)の「こちらから聞くこと」を考えるとき、「予算・決める人・必要性・時期」をまとめた BANT という考え方もあります(英語の頭文字なので、無理に覚えなくて大丈夫。くわしい聞き方は別の講座で扱います)。「聞いておくと後で困らないことがある」とだけ掴んでおけば十分です。
書き出す手順
想定質問は、次の手順で書き出します。
- 相手から来そうな質問を3つ書く(価格・比較・条件・不安などから)→ それぞれに一言で答えを書く
- こちらから聞く質問を3つ書く(第1章で置いた困りごとの仮説を確かめる向きで)
- 答えに詰まる質問があれば、商談の前に調べる・先輩に聞いて、つぶしておく
共通例で具体的に見てみましょう。
| 方向 | 想定質問 |
|---|---|
| (A) 相手から来そう | ① 他社より高くないですか?/② 最低契約期間はどれくらい?/③ 急にたくさん要るときは対応できる? |
| (B) こちらから聞く | ① 今、コピー用紙は月にどれくらい使いますか?/② 発注は誰が、どうやっていますか?/③ 用紙を切らして困ったことはありますか? |
(A)の3つには、それぞれ一言で答えを用意します(「買い出しにかかる人の時間も含めると…」「最低◯か月から…」「追加注文にも対応できます」など)。そして(B)の3つは、第1章で置いた「用紙を切らして買いに走る手間をなくす」という目的の仮説を、佐藤さん本人に確かめる質問になっていますね。これで、本番で「あれを聞き忘れた」がなくなります。
この章の確認(演習)
共通例について、(A) 相手から来そうな質問を3つ+それぞれの答え、(B) こちらから聞く質問を3つを書き出してみてください。
次に、あなたの実際の商談で、同じく(A)3つ・(B)3つを書きます。このとき、自分が答えに詰まる質問には印を付けておきましょう。その印こそが、商談の前につぶしておくべき宿題です。
第3章:ゴール——この商談をどう終わらせるか
準備シートの3項目め、ゴールを埋めます。そして最後に、目的・想定質問・ゴールの3つを1枚にまとめて、準備シートを完成させます。
この章のゴール
この章を読み終えると、商談のゴールを、「いい雰囲気で終わる」「契約を取る」ではなく、観察できる“次の一歩”として1つ決められ、目的・想定質問・ゴールの3つを1枚の準備シートに整理できるようになります。
ゴールは「次に何をするか」で決める
準備の最後は、ゴールです。ゴールとは、「この商談を、どう終わらせたいか」。ここで、やってしまいがちなNGが2つあります。
ひとつは、ゴールを「契約を取る」に置くこと。特に金額の大きな取引や、決める人が複数いる商談では、初めて会ったその日に契約が決まることは普通ありません。重すぎるゴールは、かえって何も進ませません。
もうひとつは、ゴールを「いい雰囲気で終わる」に置くこと。これは、終わったあとに達成できたかどうかを観察できません。「なんとなく良い感じだった」では、次に何も進まないのです。
ではどう置くか。商談のゴールは、商談が終わった瞬間に、“次に何をするか”が1つ具体的に決まっている状態に置きます。これをネクストアクションと呼びます。ネクストアクションとは、「次にやると決めた、具体的な1つの行動」のことです。たとえば、次回のアポを取る/見積もりを出す/無料お試しに合意してもらう/次は決裁者にも同席してもらう、など。初回商談のゴールは、契約ではなく、この「次の一歩」を1つ決めることに置くのがおすすめです。
| ゴールの置き方 | |
|---|---|
| NG | 「契約を取る」(初回からは普通決まらない)/「いい雰囲気で終わる」(観察できない) |
| OK | 「次にやること(ネクストアクション)」を1つ決める(次回アポ・見積・無料お試し合意・決裁者同席 など) |
ゴールを先に決めると「検討します」で流れない
ゴールを先に決めておくと、商談の終盤が変わります。冒頭のあなたは「ご検討ください」で流してしまいましたが、ゴールを用意していれば、そこへ向けて着地させられます。
共通例で見てみましょう。山田製作所との初回商談のゴールを、たとえば「1か月の無料お試しに合意してもらう」に置いたとします。すると終盤、こう切り出せます。「本日伺った“用紙をよく切らして買いに走る”という点は、定期便で解決できます。まずは1か月、無料でお試しいただけますが、来週木曜に開始のご相談で、改めて伺ってよいですか?」。
このように、ゴールと、終盤で切り出すひと言まで用意しておけば、「検討します」で宙ぶらりんにならず、次の一歩を相手と合意して終われます。
目的・想定質問・ゴールを1枚の準備シートに統合する
ここまでで、準備シートの3項目がすべてそろいました。第1章の目的・第2章の想定質問・第3章のゴールを、1枚にまとめます。これが、商談に持って行く準備の完成形です。
| 項目 | 山田製作所・佐藤さんとの商談(記入例) |
|---|---|
| ① 目的 | 用紙を切らして買いに走る手間と急な品切れを、定期便でなくすために会う |
| ② 想定質問(A:相手から) | 他社より高くない?/最低契約期間は?/急に多く要るときは?(+各答え) |
| ② 想定質問(B:こちらから) | 月にどれくらい使う?/発注は誰がどうやって?/切らして困ったことは? |
| ③ ゴール | 1か月の無料お試しに合意(または使用量を聞いて次回見積持参のアポ) |
このシートを、商談に行く前に必ず見返してください。たった3項目ですが、これがあるだけで、本番で迷わず、必ず“次の一歩”を決めて帰ってこられます。
この章の確認(演習)
共通例の商談のゴール(次の一歩)を1つ、観察できる形で書き、あわせて終盤で切り出すひと言も書いてみてください。
最後に、目的(第1章)・想定質問(第2章)・ゴール(本章)を1枚の準備シートに書き写します。そして、あなたの実際の商談でも、同じ3項目を埋めてみましょう。これで、あなたの準備シートが完成です。
まとめ:商談は、始まる前に半分終わっている
おつかれさまでした。「山田製作所・佐藤さんへのコピー用紙の定期便の商談」という、たった1つの場面で、準備シートを目的→想定質問→ゴール、と1項目ずつ埋めてきました。最後に、3つを振り返ります。
- 目的……「なぜ会うのか」を、自社都合(売ること)でなく、相手の困りごとを起点に1文で書く。「相手の〔困りごと〕を、〔自社の何〕で軽くするために会う」(第1章)。
- 想定質問……固まる・聞きそびれるのは、先に書いていないだけ。(A)相手から来そうな質問への答え(想定問答)と、(B)こちらから聞く質問を、それぞれ3つずつ書く(第2章)。
- ゴール……「契約」「いい雰囲気」ではなく、“次の一歩(ネクストアクション)”を1つ決め、相手と合意して終わる(第3章)。
この3つは、すべて1つの問いに戻ります。「商談に行く前に、目的・想定質問・ゴールを、1枚に書いたか?」。商談の成否は、話す技術やセンスではなく、始まる前の準備で大きく決まります。この講座でいちばん覚えて帰ってほしいのは、このひと言です——商談は、始まる前に半分終わっている。目的・想定質問・ゴールを、1枚に書いてから行く。
明日の最初の一歩:直近の自分の商談や打ち合わせを1つ選び、準備シートの3項目(目的・想定質問・ゴール)を、行く前に埋めてみてください。きれいにまとめる必要はありません。商談が終わったときに「次に何をするか」が1つ決まっていたら、それが成功です。
そして、この準備をいつでも使えるように、本講座の「目的・想定質問・ゴール」の商談準備シートのテンプレートをダウンロードできます。次の商談から、1枚に書いてから臨んでみましょう。さらに、商談本番で相手の課題を引き出す聞き方は「ヒアリング力入門」、引き出した課題を通る提案書にするなら「提案書の作り方入門」、営業全体の流れは「営業の基礎」で深められます。まずはこの準備シートを、自分の手で1枚埋められるようにしておきましょう。それが、すべての商談の土台になります。
よくある質問
商談準備シートとは何ですか?
商談に行く前に「目的・想定質問・ゴール」の3項目を1枚の紙に書いておくものです。会社案内を印刷するより先に取り組む、準備の本体です。
目的は自社の都合(売りたいもの)から考えてよいですか?
自社が売りたいものは出発点として書きますが、目的は「相手の困りごとを自社の何で軽くするために会う」という相手起点の1文に書き直すことが重要です。相手起点にするだけで、言葉の印象が「売り込み」から「課題解決」に変わります。
想定質問が事前に思いつかない場合はどうすればよいですか?
価格・他社比較・契約条件・不安など、よく来る質問はパターンがあります。まず「相手から来そうな質問3つ」と「こちらから聞く質問3つ」の枠を埋めることから始め、答えに詰まるものは商談前に先輩に確認しておきましょう。
商談のゴールを「契約を取る」にしてはいけませんか?
初回商談では、その場で契約が決まることは普通ありません。ゴールは「次の一歩(ネクストアクション)を1つ決めること」に置くのが適切です。たとえば「次回アポを取る」「見積もりを出す」など、終わった後に達成できたか観察できる形にします。
この講座はどんな人に向いていますか?
商談や打ち合わせで「行き当たりばったりになってしまう」「次の約束なく終わってしまう」と感じる若手社員やリーダーに向けた講座です。営業経験がなくても、準備シートの3項目を書く手順をそのまま使えます。