「ムダを減らせ」「属人化を何とかしろ」——業務改善を任されたあなたは、上司からそう言われて、あるいは自分で残業や引き継ぎの大変さに気づいて、何かを変えようと動き出したのではないでしょうか。ところが、いざ手をつけようとすると、そもそもチームが「何を・誰が・どれだけ」やっているのかが一覧になっていないことに気づきます。全体が見えないまま、目についた一部だけを思いつきで直して、結局あまり変わらなかった——そんな空回りは、よくあることです。
業務改善は、いきなり「減らす」から始めると、ほとんどうまくいきません。順番が逆だからです。まず、いま起きていることを全部見えるようにする。これを業務棚卸しと呼びます。業務改善で最も基本になる考え方は、「見えないものは、減らせない」ということです。実際、業務改善の解説でも「まずは各作業工程を分析し、課題の洗い出しを行う」ことが出発点とされ、自社の実態を正確に把握することが「効果的な業務改善の第一歩」だと位置づけられています(出典:キーエンス「ECRSの4原則で始める、引き算の改善」/DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。
この講座では、あなたが自分の手で「業務棚卸し表」を1枚作れるようになることをゴールにします。終えると、次の3つができるようになります。業務棚卸しの目的と、成果物である棚卸し表の完成イメージ(どんな列を持つ1枚か)を説明できること。自分やチームの業務を、粒度をそろえて漏れなく洗い出せること。そして、洗い出した各業務に「時間・頻度・担当」を記録し、時間がかかる業務や特定の人しかできない業務を指差しできる棚卸し表を作成できることです。覚えて帰る型は、「範囲を決める → 漏れなく洗い出す → 粒度をそろえる → 時間・頻度・担当を記録する → 負荷×属人化で読む」という5つのステップです。この講座では、あなたが5人のチームを持つ業務改善担当だとして、自チームの直近1か月の業務を棚卸し表にまとめ、時間がかかっている業務や、特定のメンバー(仮にBさんとします)しかできない業務を見つける場面を、全章を通して追いかけます。
ひとつだけ先にレーンをお伝えします。本講座は「時間と頻度を記録した棚卸し表を1枚作る」という、業務改善の入口工程に絞ります。棚卸しのあと、業務の流れを矢印や分岐で図にしたくなったら業務フロー図の書き方が、棚卸し表をもとに「何を標準化するか」を選んで計画するなら業務標準化の進め方が、見つけた属人業務を実際に解消するなら脱属人化の進め方が、個別の業務を手順書に落とすなら業務手順書(SOP)の書き方が、それぞれの正本です。本講座はそこには踏み込まず、まず「1枚の表を完成させる」ことに集中します。
この講座のポイント
- 業務棚卸しの目的と、成果物である棚卸し表の完成イメージ(列項目と粒度)を、自分の言葉で説明できる。
- 棚卸しの範囲を決め、自分やチームの業務を漏れなく洗い出せる。
- 洗い出した業務の粒度をそろえ、ダブりと粗密のばらつきを整理できる。
- 各業務に「時間・頻度・担当」を記録し、月あたりの負荷を算出した棚卸し表を作成できる。
- 完成した棚卸し表から、時間がかかる業務・属人化している業務を指差しで示し、次にどの打ち手(講座)へ進むかを判断できる。
なぜ業務棚卸しから始めるのか——改善の“地図”を先に作る
この章のゴール
業務棚卸しの目的と、成果物である棚卸し表の完成イメージ(列項目と粒度)を、自分の言葉で説明できる。
改善は「減らす」でなく「見える化」から始まる
業務改善というと、つい「どの作業をなくすか」「どう効率化するか」という打ち手から考えたくなります。けれども、地図を持たずに歩き出すと道に迷うのと同じで、いまチームで何が起きているかを一覧にしないまま打ち手を選ぶと、たいてい的を外します。目についた業務だけ直しても、実はもっと時間を食っている別の業務が放置されていた、ということが起こるからです。
そもそも業務改善が目指す「生産性の向上」とは何かを、一度確認しておきましょう。生産性とは、投入した資源に対してどれだけの成果が出たかの割合のことで、「産出(アウトプット)÷ 投入(インプット)」で表されます。とりわけよく使われる労働生産性は、「労働投入量1単位当たりの産出量・産出額」として表され、労働者1人当たり、あるいは労働1時間当たりでどれだけ成果を生み出したかを示します(出典:日本生産性本部「生産性とは」)。つまり改善とは、同じ成果をより少ない時間で出すか、同じ時間でより多くの成果を出すか、のどちらかです。どちらを狙うにせよ、まず「いまどの業務にどれだけの時間がかかっているか」が見えていなければ、手の打ちようがありません。
だからこそ、最初にやるべきは「減らす」ではなく「見える化」です。業務量を可視化すると、「何となく忙しい」という感覚が、「どの業務に、どれだけの時間がかかっているか」という客観的な事実に変わり、優先的に改善すべき業務が明確になります(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。この「見える化された1枚」が、あなたの改善の地図になります。
棚卸し表の完成イメージ——どんな列を持つ1枚か
では、そのゴールである棚卸し表は、具体的にどんな見た目の1枚なのでしょうか。先に完成形をイメージしておくと、そこに向かって洗い出しと記録を進められます。
業務棚卸しの土台になる業務量調査とは、「組織内で行われている業務の内容や所要時間、頻度などを定量的に把握・分析する手法」であり、単なる業務の洗い出しではなく、「誰が」「どの業務に」「どれくらいの時間」を費やしているのかを客観的なデータとして収集するものだと説明されています(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。この定義から、棚卸し表に最低限そろえたい列が見えてきます。業務名、業務の内容、担当、頻度(月に何回やるか)、1回あたりの時間、そしてその掛け算である月あたりの時間です。
たとえば、あなたのチームの棚卸し表の1行は、次のようになります。「業務名=月次請求書の作成/内容=取引先ごとに金額を集計して発行/担当=Bさん/頻度=月20件/1回あたり=30分/月あたり=10時間(例)」。数字はここでは説明のための例ですが、こうして1業務を1行に落とし、時間と頻度という負荷の情報まで書き込むのが、棚卸し表の完成イメージです。ここで大事なのは、目指すゴールは「きれいな表」ではなく「次の打ち手を選べる材料」だということです。見た目を整えることが目的ではありません。
「棚卸し=ToDoリスト書き出し」という誤解
つまずきやすいのが、棚卸しを「やっている業務をただ書き出すこと」だと誤解してしまうことです。業務名を箇条書きにしただけの一覧は、見た目は棚卸しに似ていますが、時間も頻度も担当も入っていないため、どれが重いのか、どれが偏っているのかを比べられません。それはToDoリストであって、改善の材料にはならないのです。棚卸し表が改善の材料になるのは、粒度をそろえ、時間・頻度・担当という負荷の情報まで記録して初めてのことです。
もう1つのつまずきは、いきなり「この業務をなくそう」と改善案を出し始めてしまうことです。地図がまだ半分しか描けていない段階で打ち手を決めると、後から「もっと重い業務があった」と気づいて手戻りになります。まずは全体を1枚に描き切る。改善案を考えるのは、表が完成してからで十分です。なお、完成した棚卸し表を使って「何を標準化するか」を選ぶ工程は、業務標準化の進め方で扱います。本講座は、その入力となる「表を完成させる」ところまでに集中します。
この章の確認(演習)
自分のチームの棚卸し表に必要な列を、白紙やスプレッドシートに書き出してみてください。業務名・内容・担当・頻度・1回あたり時間・月あたり時間、という6列を並べ、そのうち1行だけでいいので、いま思い浮かぶ業務を1つ入れて記入例を作ってみましょう。数字は仮でかまいません。「この1枚を全業務ぶん埋めるのがゴールだ」という完成イメージを、手を動かして持つことがこの演習の狙いです。
業務を漏れなく洗い出す——範囲を決めて書き出す
この章のゴール
棚卸しの範囲を決め、自分やチームの業務を漏れなく洗い出せる。
まず範囲(対象の人・期間)を区切る
完成イメージが持てたら、いよいよ業務を洗い出していきます。ここで最初にやるべきは、いきなり書き出すことではなく、範囲を区切ることです。「うちの会社の全業務」を一度に出そうとすると、量が膨大で終わりが見えず、途中で挫折します。
そこで、まず「対象の人」と「期間」を1行で決めます。あなたの場合なら、「対象=自チーム5人/期間=直近1か月」といった具合です(人数・期間は例です)。対象を自分の見える範囲に絞り、期間を区切ることで、洗い出すべき業務の総量が有限になり、「この範囲を出し切れば完成」というゴールが見えます。最初の棚卸しでは、範囲を欲張らないことが、やり切るためのコツです。全社に広げるのは、まず自チームで1枚作り切ってからでも遅くありません。
定例業務と非定例業務を分けて出すと漏れが減る
範囲を決めたら、業務を書き出していきます。このとき、いきなり順不同で出すのではなく、「定例業務」と「非定例業務」の2つに分けて考えると、漏れがぐっと減ります。
定例業務は、毎日・毎週・毎月と決まった周期で繰り返す業務です。朝のメールチェック、週次の進捗会議、月次の請求処理といったものが当たります。これらは頻度が決まっているので、後で時間を記録するときにも計算しやすい業務です。一方、非定例業務は、突発的に発生したりイレギュラーに対応したりする業務です。トラブル対応、急な依頼、年に数回の棚卸し作業などが当たります。人は目立つ非定例業務は覚えていても、当たり前になっている定例業務ほど「わざわざ書くまでもない」と落としがちです。だからこそ、まず定例業務を周期ごとに機械的に書き出し、そのあとで非定例業務を思い出す、という順にすると網羅性が上がります。
具体的には、あなたのチームで「毎日やること」「毎週やること」「毎月やること」を順に埋め、次に「今月あった突発対応」を足していきます。この段階では、粒度がバラバラでも、多少ダブっていても構いません。まずは量を出し切ることを優先します。粒度をそろえるのは次の章の仕事です。
記憶でなく記録から拾う
漏れを防ぐもう1つのコツは、「記憶」ではなく「記録」から業務を拾うことです。頭の中だけで思い出そうとすると、印象の強い業務ばかりが出て、地味な定型業務が抜けます。
そこで、カレンダーの予定、送受信したメール、過去の作業ログ、月次の提出物といった、実際に残っている記録を見ながら書き出します。業務量を測る手法にも、社員自身が日々の業務内容と所要時間を記録していく「作業日報法」や、PC操作ログを自動で記録する「自動測定法」があり、いずれも記憶に頼らず記録からデータを集める考え方です(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。最初の棚卸しでそこまで仕組み化する必要はありませんが、「先週のカレンダーを1週間ぶんさかのぼって、やった業務を拾う」だけでも、記憶頼みよりずっと漏れが減ります。ちなみに、業務を細かい単位に分けて時間を測る考え方は、時間研究(タイムスタディ)と呼ばれ、日本産業規格では「作業を要素作業又は単位作業に分割し、その分割した作業を遂行するのに要する時間を測定する手法」と定義されています(出典:tebiki「時間研究をわかりやすく解説」)。棚卸しは、その入口として「まず業務を単位に分けて並べる」作業だと考えると、位置づけがはっきりします。
この章の確認(演習)
棚卸しの範囲を「対象=◯◯/期間=◯◯」という形で1行に決めてください。そのうえで、定例業務(毎日・毎週・毎月)と非定例業務(突発・イレギュラー)に分けて、自チームの業務を最低15個、書き出してみましょう。このとき、必ずカレンダーやメールなどの記録を1つは見ながら拾うこと。記憶だけで書いたものと、記録を見て足したものを比べると、いかに定例業務を落としがちかが実感できるはずです。
粒度をそろえる——一覧を“比べられる”状態にする
この章のゴール
洗い出した業務の粒度をそろえ、ダブりと粗密のばらつきを整理できる。
粒度がバラバラだと業務どうしを比べられない
前の章で業務を出し切ると、一覧の粒度がバラバラなことに気づきます。「営業活動」のように大きくまとめられた業務と、「メールに署名を入れる」のように細かすぎる業務が、同じ一覧に混在しているのです。この状態のまま時間を記録すると、「営業活動=月40時間」と「署名を入れる=月5分」が同じ表に並び、どれが本当に重い業務なのかを比べられません。
棚卸し表が「比べられる」ものになるには、1行1行の粒度がそろっている必要があります。粒度をそろえるとは、大きすぎる業務は分解し、小さすぎる業務はまとめ、重複している業務は1つに統合して、どの行も同じくらいの「大きさ」に整えることです。この作業をしておくと、次の章で時間・頻度を記録するときに精度が上がります。実際、業務を細かい単位に分ける時間研究でも、最初に「ワークユニット(作業を細分化した最小単位)」を定めることが出発点とされ、「ワークユニットを明確にすることで各工程にかかる時間を精密に把握できる」と説明されています(出典:tebiki「時間研究をわかりやすく解説」)。粒度をそろえることは、正確な時間記録の前提なのです。
そろえる基準は「担当と所要時間を1つに言える単位」
では、どこまで分解し、どこでまとめればよいのか。判断に迷わないための基準は、「その業務の担当と所要時間を、1つに言える単位かどうか」です。
「営業活動」は、担当も複数、所要時間もバラバラで、1つに言えません。だから大きすぎます。これを「見込み客リストの作成/提案資料の作成/訪問・商談/議事録の作成」のように分けると、それぞれは担当も時間も1つに言えるようになります。逆に「メールに署名を入れる」は小さすぎて、単独では時間を測る意味がありません。これは「メール対応」といった業務にまとめてしまいます。この考え方は、業務量調査で「業務カテゴリーを標準化する」際の指針とも一致します。データ収集の際は「『資料作成』という曖昧なカテゴリーではなく、『企画書作成』『報告書作成』『プレゼン資料作成』というように具体的に分類することで、より正確な分析が可能になる」とされているとおりです(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。曖昧な大括りを、担当と時間を言える具体的な単位に割るのが、粒度そろえの中心作業です。
大きすぎは分解、小さすぎは統合、重複は1つに
実際の手順は3つです。第一に、大きすぎる業務を、担当と時間を言える単位まで分解します。第二に、小さすぎる業務を、意味のあるまとまりに統合します。第三に、複数の行に散らばっている同じ業務(たとえば「日報を書く」が別の言い方で2回出ている)を、1つに統合します。
このとき、測定の目盛りをそろえておくと後が楽です。業務量調査でも「測定単位の統一(15分単位など)」が推奨されており、時間の粒度を最初にそろえておくと集計しやすくなります(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。あなたのチームなら、「所要時間は15分単位で見積もる」と決めておく、といった具合です。
つまずきやすいのは、粒度がバラバラのまま時間記録に進んでしまうことです。そうすると、後で「営業活動=月40時間」のような、比較のしようがないデータができあがってしまいます。もう1つは、完璧な粒度を目指して延々と分解と統合を繰り返すことです。粒度そろえは「担当と時間を1つに言えるか」でざっくり判断できれば十分で、100点を目指す必要はありません。なお、1つの業務の内部を「どういう順番でどう進めるか」という流れそのものを矢印や分岐で描き分けたくなったら、それは棚卸しの次の工程です。流れの可視化は業務フロー図の書き方が正本で、本講座は「表の1行に収まる粒度」まででいったん止めます。
この章の確認(演習)
第2章で書き出した一覧の中から、粒度が大きすぎる業務を1つ選び、担当と所要時間を1つに言える単位まで、3〜5個に分解してみてください。あわせて、細かすぎる業務を1組見つけて、意味のあるまとまりに統合してみましょう。分解・統合したあとに、「この行なら担当と時間を1つに言えるな」と確認できれば合格です。
時間・頻度・担当を記録する——棚卸し表を完成させる
この章のゴール
各業務に「時間・頻度・担当」を記録し、月あたりの負荷を算出した棚卸し表を作成できる。
各業務に担当・頻度・1回あたり時間を記録する
粒度がそろったら、いよいよ棚卸し表を「負荷が見える1枚」に仕上げます。ここでやることは、1行1行に「担当」「頻度(月に何回やるか)」「1回あたりの時間」を書き込むことです。
まず担当です。その業務を主にやっている人を書きます。1人とは限らず、複数なら複数書きます。次に頻度です。「月20件」「週1回(=月4回)」のように、1か月あたり何回発生するかに換算して書きます。そして1回あたりの時間です。1回こなすのにおよそどれくらいかかるかを書きます。業務量調査でも、業務ごとに「商談準備:2時間/件」「見積書作成:30分/件」といった具合に具体的な時間を測り、それを一定期間で集計してより正確な業務量を把握するとされています(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。あなたのチームの棚卸し表でも、この3つがそろえば、業務ごとの負荷を計算する準備が整います。
月あたり時間=頻度×1回あたり時間で同じ物差しにそろえる
3つの情報がそろったら、掛け算で「月あたり時間」を出します。月あたり時間=頻度(月あたり回数)× 1回あたり時間、です。
たとえばBさんの月次請求書作成が「月20件 × 30分=10時間(例)」、週次の進捗会議が「月4回 × 60分=4時間(例)」という具合です。こうして全業務を「月あたり時間」という同じ物差しに換算すると、初めて業務どうしの重さを横並びで比べられるようになります。頻度は低くても1回が長い業務、1回は短くても毎日発生して積み上がる業務——どちらも、月あたり時間にすると正体が見えます。業務量調査で「工数」と「頻度」の両面からデータを分析するのは、まさにこの「回数×時間」で負荷をとらえるためです(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。
ここで注意したいのが、頻度と1回あたり時間の混同です。「この業務は月10時間くらい」と、いきなり月あたりの感覚値を入れてしまうと、根拠が曖昧になります。必ず「1回あたり何分 × 月何回」に分けて記録し、その掛け算として月あたり時間を出す。この分け方をすると、後で「回数が多いのか、1回が重いのか」まで読み取れるようになります。
時間はまず粗い見積りでよい——負荷の大きい業務だけ実測する
「1回あたりの時間なんて、正確に測れない」と身構える必要はありません。最初の棚卸しでは、時間は担当者の見積りで十分です。15分単位くらいの粗さで、「だいたい30分」「だいたい2時間」と埋めていけば構いません。全業務をストップウォッチで実測しようとすると、それ自体が大仕事になり、棚卸しが終わらなくなります。
実際、業務量の測定手法には特徴の違いがあります。作業を観察して時間を測る「タイムスタディ法(実測)」は正確なデータが得られる一方、測定者の人件費や社員の心理的負担があり、長期的な測定には向かず1〜2週間程度の短期実施が推奨されます。これに対し、社員自身が業務内容と所要時間を記録する「作業日報法(自己申告)」は、特別な機材が不要で全社規模の展開も容易な一方、記録の正確性は本人の意識に依存します(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。この特徴の違いをふまえると、現実的な進め方が見えてきます。まずは自己申告の見積りで全業務を粗く埋めて全体像をつかみ、そのうえで月あたり時間が大きく出た重点業務だけ、あらためて実測して精度を上げる——という順です。最初から全部を精密に測るのではなく、「粗く全部 → 重いものだけ精密」の順にすることで、労力をかけずに使える1枚に仕上げられます。
この章の確認(演習)
粒度をそろえた業務の中から5つを選び、それぞれに「担当」「頻度(月あたり回数)」「1回あたり時間」を記入してください。時間は15分単位くらいの見積りで構いません。そのうえで、月あたり時間=頻度×1回あたり時間を計算し、5つを月あたり時間の大きい順に並べ替えてみましょう。並べ替えた瞬間に「この業務が一番重かったのか」という気づきが出れば、棚卸し表が「材料」になり始めた証拠です。
棚卸し表を読んで次の打ち手につなぐ——見える化を改善の入口にする
この章のゴール
完成した棚卸し表から、時間がかかる業務・属人化している業務を指差しで示し、次にどの打ち手(講座)へ進むかを判断できる。
表は作って終わりでなく「読む」もの——3つの読み方の観点
棚卸し表は、完成させたら終わりではありません。むしろここからが本番です。せっかく1枚に見える化しても、眺めるだけで打ち手につなげなければ、ただの資料で終わってしまいます。表は「読む」ものだ、と考えてください。
読むときの観点は3つです。1つ目は負荷です。月あたり時間が大きい業務はどれか。ここに改善の効果が大きく眠っています。2つ目は頻度です。1回は短くても毎日・毎週と高頻度で発生する業務は、積み上がると大きな負担になり、少しの効率化でも効果が全体に効きます。3つ目は属人化です。担当が特定の1人に偏っている業務はどれか。業務量調査でも、「特定の社員に業務が集中していないか、誰しもが実施できる業務が特定の人に依存していないか」という属人化のリスクを把握できることが、大きな効用として挙げられています(出典:DBJデジタルソリューションズ「業務量調査とは?」)。この3つの観点で表を並べ替えたり印をつけたりすると、改善候補が浮かび上がります。
負荷×属人化が重なる業務が最優先の改善候補
3つの観点の中でも、とくに注目したいのが「負荷」と「属人化」が重なる業務です。月あたり時間が大きく、しかも担当がその人1人しかいない業務は、時間を食っているうえに、その人が休んだり辞めたりすると回らなくなる、二重のリスクを抱えています。ここが、多くの場合、最優先の改善候補になります。
あなたのチームの棚卸し表で言えば、まず全業務を月あたり時間の大きい順に並べ替えます。次に、担当が1人しかいない業務に印をつけます。すると、「Bさんの月次請求書作成は月10時間で最大級、しかもBさんしかできない(例)」といった業務が、負荷と属人化の両方で目立って見えてきます。あなたが上司やメンバーにこの表を見せながら、「この業務が最も重く、かつ属人化しているので、ここから手を打ちたい」と数字と一覧を根拠に説明できれば、改善の議論を思いつきではなく事実から始められます。これこそが、棚卸し表を作った成果です。
打ち手(標準化・手順書化・フロー可視化)を後工程へ振り分ける
改善候補が特定できたら、次は「どう手を打つか」ですが、ここからは本講座の射程の外です。棚卸し表を読んで改善候補を見つけるところまでが、本講座のゴールでした。あとは、候補の性質に応じて、専門の講座へバトンを渡します。
打ち手の視点として、業務改善には「ECRS(改善の4原則)」という有名な考え方があります。排除(Eliminate)・結合(Combine)・交換(Rearrange)・簡素化(Simplify)の頭文字で、改善効果は排除が最も大きく、E→C→R→Sの順に検討・実施すると適切な優先順位で改善できるとされています(出典:日本能率協会コンサルティング「ECRS」/キーエンス「ECRSの4原則で始める、引き算の改善」)。ただし、この4原則を使って具体的にどの業務をなくし、どれをまとめ、どう標準化するかを計画する工程は、業務標準化の進め方が正本です。本講座はあくまで「打ち手を選ぶための材料(表)」を渡すところまでにとどめます。
具体的な振り分け先はこうです。属人化していた業務を実際に解消したいなら脱属人化の進め方へ、その業務を誰でもできるよう手順書に落とすなら業務手順書(SOP)の書き方へ進みます。棚卸しは、こうした改善の打ち手すべての入口にあたる工程なのです。
この章の確認(演習)
完成した棚卸し表から、「月あたり時間が大きく、かつ担当が1人しかいない(属人化している)業務」を1つ特定してください。そのうえで、その業務に次にどの打ち手で取り組むか——標準化の計画、手順書化、流れの可視化のいずれか——を1つ選び、対応する講座を挙げてみましょう。「この業務が最優先で、次はこの講座に進む」と一文で言えれば、棚卸しから改善への橋がかかったことになります。
まとめ
業務棚卸しとは、チームや個人の業務を粒度をそろえて一覧化し、時間・頻度・担当を記録して「見える化」することです。改善は「減らす」から始めると空回りしますが、「見える化」から始めれば、事実に基づいて打ち手を選べます。覚えて帰る型は、「範囲を決める → 漏れなく洗い出す → 粒度をそろえる → 時間・頻度・担当を記録する → 負荷×属人化で読む」。まず範囲を区切り、定例・非定例に分けて記録から漏れなく洗い出し、担当と時間を1つに言える単位まで粒度をそろえ、頻度×1回あたり時間で月あたり負荷を出す。そして完成した表を、負荷・頻度・属人化の3観点で読むと、次の打ち手(標準化・手順書化・フロー可視化)が選べます。
明日からの一歩は、いきなり全社の棚卸しに挑むことではありません。まず範囲を「自チーム・直近1か月」と1行で決め、定例・非定例に分けて業務を15個書き出すところから始めてください。そこまで手を動かせば、あとは列を埋めていくだけで、あなたの改善の地図は1枚の表になります。そして棚卸し表が完成したら、次は「何を標準化するか」を選ぶステップです。ここから先は業務標準化の進め方へ進んでください。
本講座の特典として、業務名・担当・頻度・1回あたり時間・月あたり時間の列をあらかじめ用意した「業務棚卸し表テンプレート」と、記入例つきのサンプルをご用意しています。白紙から表を組む手間を省き、今日からそのまま埋め始められる形にまとめました。テンプレートと記入例は、有料プランでご利用いただけます。
よくある質問
業務棚卸しは何から始めればいいですか
まず範囲を「対象の人・期間」で区切ることから始めます。全社を一度に出そうとせず、自チーム・直近1か月などに絞ると、出し切れる量になり最後までやり切れます。
棚卸し表にはどんな列が必要ですか
業務名・内容・担当・頻度・1回あたり時間・月あたり時間の6列が基本です。時間と頻度という負荷情報まで記録して初めて、改善の材料として使えます(出典:DBJデジタル)。
業務にかかる時間は正確に測らないとダメですか
いいえ。まず15分単位ほどの見積りで全業務を粗く埋め、月あたり時間が大きく出た重点業務だけ実測で精度を上げれば十分です。全部を精密に測ると終わりません。
棚卸しと業務フロー図はどう違いますか
棚卸しは業務を「表の1行」として一覧化し負荷を記録する工程です。1つの業務の流れを矢印や分岐で描くのは業務フロー図の書き方が扱います。
棚卸しのあとは何をすればいいですか
負荷が大きく属人化した業務を改善候補として特定し、標準化なら業務標準化の進め方、手順書化なら業務手順書(SOP)の書き方へ進みます。