利益は出ている。なのに、口座のお金が増えない——むしろ減っている。売上が伸びているのに、なぜか月末の残高は先月より細っている。こうした状態は、決して珍しいことではありません。売上が立った日と、その代金が口座に入る日は別です。費用を計上した日と、その支払いを実際に行う日も別です。このズレが積み重なると、帳簿の上では黒字なのに、支払いに使える現金が手元から消えていきます。そして、現金が尽きれば会社は止まります。利益が出ていても支払い用の現金が足りずに事業が続けられなくなること——これが黒字倒産です。
会社を止めるのは赤字ではなく、現金切れです。だからこそ、利益の額だけを見て安心するのではなく、「現金がいつ・いくら手元にあるか」を先に見て判断する必要があります。この、現金のタイミングを軸に据える経営姿勢を、本講座ではキャッシュフロー経営と呼びます。守るべきは利益の額ではなく、現金のタイミングです。
この講座が扱うのは、その「現金のタイミング」だけです。利益(売上−費用)そのものの計算は会計基礎(kouza-020-accounting-basic)、いくら売れば黒字になるかという損益分岐点は損益分岐点(kouza-023-break-even-point)、貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書という財務3表の構造は財務諸表(kouza-021-financial-statements)が、それぞれの正本です。本講座はそこには踏み込まず、利益と現金がなぜズレるのか、そのズレをどう読み、どう手を打つかに絞ります。
この講座を終えると、次の3つができるようになります。1つ目は、利益と現金が一致しない理由を、入金と支払いのタイミングのズレで説明できること。2つ目は、現金の増減を「営業・投資・財務」の3区分で見分けられること。3つ目は、入金と支払いを時間で並べた資金繰りの見通しから、手元資金が最も細る月(危険月)を読み取り、打ち手を1つ挙げられることです。順に進めていきましょう。本講座の共通の題材は、黒字なのに手元資金が細っていく小さな会社の数か月です。売上は伸びているのに、入金より先に仕入れ・人件費・税金の支払いが来て現金が減る——この一貫した場面を、全章を通して追いかけます。
この講座のポイント
- 利益(P/L)と現金が一致しない理由を、入金と支払いのタイミングのズレで説明できる。
- 現金の増減を「営業・投資・財務」の3区分で見分けられる(どの活動で現金が増えた/減ったかを切り分けられる)。
- 入金と支払いを時系列に並べた資金繰りの見通しから、手元資金が細る局面(黒字倒産の兆候)を読み取れる。
- 手元資金が細る局面に対して、現金を厚くする打ち手を1つ以上挙げられる。
キャッシュフロー経営とは何か——利益と現金を分けて見る
この章のゴール
利益(P/L)と現金が一致しない理由を、入金と支払いのタイミングのズレで説明できる。
売上が立った日と現金が入る日は違う
まず押さえたいのは、「売上が立つこと」と「現金が入ること」は別の出来事だ、という一点です。多くの取引は掛け取引、つまり後払いで行われます。商品やサービスを納品した時点で売上は計上されますが、その代金が口座に振り込まれるのは翌月や翌々月です。納品から入金までの期間を、売上債権回収サイトと呼びます。
費用も同じです。仕入れた商品の代金も、人件費も、計上する時点と実際に支払う時点はズレます。仕入れの場合、仕入時期と資金支出時期にズレが生まれ、この支払いまでの期間を仕入債務支払サイトと呼びます(出典:J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」)。
ここで大事なのは、現代の会計が発生主義で動いている、という事実です。発生主義とは、現金の入金・出金に関係なく、その原因となる取引が発生した時点で収益・費用を計上する方法です。売上は入金した時点ではなく販売した時点で計上し、電気代は支払った時点ではなく使用した時点で計上します。だからこそ、帳簿上の利益の額と、実際の資金の増減額は一致しません。利益が出ていても、資金の増減はマイナス、ということがよく起こります(出典:J-Net21「キャッシュフロー経営の基本」)。
費用の計上と支払いのズレが「黒字のまま現金が減る」を生む
共通例の会社で考えてみましょう。この会社は売上が伸びていて、損益計算書の上では黒字です。ところが、口座の残高は月を追うごとに細っていきます。理由はこうです。売上は計上されても、その代金が入るのは翌月以降。一方で、その売上をつくるための仕入れ代金と人件費は、入金を待たずに先に出ていきます。入金より支払いが先に来る——この順番のズレが、黒字のまま現金が減る正体です。
J-Net21は、この関係を「売上代金回収前は、利益≠資金となり資金は営業支出の額だけ不足する/売上代金回収後は、利益=資金となり資金は利益の額だけ増加する」と説明しています(出典:J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」)。つまり、回収が終わるまでは、利益と資金は別物として動くのです。
利益と資金がズレる原因は、入出金のタイミングだけではありません。損益計算書の費用には、減価償却費のように、計上はされても実際の資金流出を伴わない費用(非資金費用)が含まれます。そのため、損益計算書の収益・費用は、現金の収入額・支出額と一致しません(出典:J-Net21「C/Sの見方と活用」)。利益と資金の乖離を生む代表的な科目が、この減価償却費です。本講座では、記帳や利益計算そのものには立ち入りません。利益の計算の基礎を確かめたい場合は会計基礎(kouza-020-accounting-basic)へ進んでください。ここで扱うのは、あくまで「利益」と「現金」がズレる理由だけです。
黒字倒産とは何か——利益はあるが現金が尽きた状態
このズレが極まると、黒字倒産が起こります。黒字倒産とは、商品が売れて帳簿上は利益が出ているにもかかわらず、支払いに必要な資金が不足して倒産してしまうことです。特に成長期の会社で起きやすいとされています。急激に売上が伸びると、それにともなって売掛金(まだ入金されていない売上)や在庫が膨らみます。帳簿は黒字でも、資金繰りが追いつかず倒産しうるのです(出典:J-Net21「黒字倒産とは」)。
古くからこの状態は「勘定あって銭足らず」と言われてきました。経理上の利益(勘定が合う=黒字)が計上されている会社であっても、資金不足(銭足らず)になって倒産する危険がある、という意味です。利益と資金繰りは別物であり、利益が上がっているからといって資金繰りをおろそかにしてはならない——これがキャッシュフロー経営の出発点です(出典:J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」)。
「黒字=安全」という思い込みがつまずきのもと
ここでのつまずきは、損益計算書の利益だけを見て安心することです。「黒字なら現金もあるはず」という思い込みが、資金繰りの危険に気づくのを遅らせます。利益と現金は、別々の指標として並べて見る——これが第一歩です。具体的には、ある取引について「計上はいつ/現金が動くのはいつ」を分けて見る癖をつけ、利益の額と現金残高を同じ表に並べて確認します。
この章の確認(演習)
自分(または共通例)の取引を1つ取り上げ、次の4点を書き出してください。①その売上が立った時点、②その代金が口座に入る時点、③その費用が発生した時点、④その費用を実際に払う時点。①と②、③と④がそれぞれどれだけズレているかを確認し、「なぜ黒字でも現金が減りうるのか」を自分の言葉で1文にまとめてみましょう。
現金の流れを3つに分ける——営業・投資・財務で増減要因を読む
この章のゴール
現金の増減を「営業・投資・財務」の3区分で見分けられる(どの活動で現金が増えた/減ったかを切り分けられる)。
前章で、利益と現金は別物だと分かりました。次に必要なのは、「現金が減った」とき、なぜ減ったのかを切り分ける目です。同じ「現金が減った」でも、前向きな理由と危険な理由があり、両者は意味がまるで違います。それを見分けるために、現金の動きを活動の性質で3つに分けます。キャッシュフロー計算書(C/S)は、会社の資金が生み出される源泉別に「営業活動によるキャッシュフロー」「投資活動によるキャッシュフロー」「財務活動によるキャッシュフロー」の3つに区分して表示します(出典:J-Net21「キャッシュフロー経営の基本」)。本章は、この計算書を表として読む方法ではなく、3区分で増減要因を切り分ける見方に絞ります。
営業の現金——本業の稼ぎから生まれる、または失われる現金
営業のキャッシュフローは、本業の営業活動によって生み出される現金の増減です。販売取引など、会社の本業から生まれる現金がここに計上されます。これは、企業の収益性を現金の視点で見たものだと言えます。最も重要な読み方は次の一点です。この営業キャッシュフローが慢性的にマイナスであれば、それは事業継続が難しいことを意味します(出典:J-Net21「キャッシュフロー経営の基本」)。本業が現金を生めていないなら、それは構造的な危険信号です。
共通例の会社では、売上は伸びているのに営業の現金がマイナス続きでした。これは「本業が現金を生んでいない」のではなく、前章で見たとおり入金より支払いが先に来る成長期特有のズレが原因です。だからこそ、営業の現金がマイナスのとき、それが一時的なズレなのか、慢性的なものなのかを見極める必要があります。
投資の現金——設備や資産の購入・売却に伴う出入り
投資のキャッシュフローは、設備投資や有価証券などへの投資による現金の運用を表します。新しい設備を購入すれば、通常この区分はマイナスになります。ただし、マイナスそのものは悪ではありません。読み方の目安はこうです。投資による現金の減少が、営業による現金の増加の範囲内に収まっていれば、設備投資などの規模は適正だと判断できます。逆に、その範囲を超えていれば、投資資金を借入などに頼っていることになり、注意が必要です(出典:J-Net21「C/Sの見方と活用」)。
財務の現金——借入・返済・出資など資金調達に伴う現金
財務のキャッシュフローは、借入・増資など、会社の資金調達の状況を表します。どれだけ借入を行い、どれだけ返済したかがここで分かります(出典:J-Net21「キャッシュフロー経営の基本」)。読み方の目安として、借入金の返済額は営業の現金の増加の範囲内に収まっていることが望ましいとされます(出典:J-Net21「C/Sの見方と活用」)。
この3区分を合わせて見るとき、覚えておきたいのがフリーキャッシュフローです。これは営業のキャッシュフローと投資のキャッシュフローを合計した額を指します。これがマイナスであれば、財務のキャッシュフローで穴埋めをするか、それもできなければ手持ちの流動資金を取り崩すことになります(出典:J-Net21「キャッシュフロー経営の基本」)。なお、キャッシュフロー計算書の作成方法には直接法と間接法があり、実務では損益計算書と貸借対照表の数値を組み替えて作成できる間接法が用いられることが多いとされます(出典:J-Net21「C/Sの見方と活用」)。作成手順そのものは本講座の射程外です。計算書を1枚の表として体系的に読みたい場合は財務諸表(kouza-021-financial-statements)や決算書の読み方(kouza-102-financial-report-reading)へ進んでください。
同じ「現金が減った」でも、投資と営業では意味が違う
ここまでをまとめると、現金の読み方が一段深くなります。設備購入で現金が減った(投資のマイナス)なら、それは将来への前向きな支出です。一方、本業で現金が減り続けている(営業のマイナス)なら、それは事業の足元が崩れている危険信号です。「とにかく現金が減った/増えた」で止めず、どの活動で動いたのかをまず仕分ける——これが3区分の使い方です。
借入で現金が増えたのを本業の好調と取り違えるつまずき
もう1つのつまずきは、借入(財務のプラス)で現金が増えたのを、本業が好調だと取り違えることです。財務で現金が増えても、それは返さなければならないお金です。判断の順番は、まず営業の現金がプラスかマイナスかを見る。次に、投資・財務の現金が、その営業の不足を埋めているだけではないかを確認する——この順で見れば、見せかけの増加に惑わされません。
この章の確認(演習)
共通例(または自社)の現金増減を、営業・投資・財務の3つに振り分けてください。そのうえで「本業(営業)は現金を生んでいるか」を、プラスかマイナスかで一言で判定し、もしマイナスなら、それが一時的なズレなのか慢性的なものなのかを書き添えてみましょう。
資金繰りの見通しをつくる——入金と支払いを時間で並べる
この章のゴール
入金と支払いを時系列に並べた資金繰りの見通しから、手元資金が細る局面(黒字倒産の兆候)を読み取れる。
3区分で増減要因を切り分けられるようになったら、次は「先に見える化する」段階です。黒字倒産を防ぐ実務の核は、いつ・いくら入って、いつ・いくら出て、結果としていつ手元現金が最も細るかを、時間軸で先に把握することにあります。そのための道具が、資金繰り表です。
資金繰りの見通しとは何か——現金の入出金を月ごとに先読みする
資金繰り表とは、一定期間内の現金の動きをまとめ、手持ち資金の過不足を可視化できるようにした資料です。日次あるいは月次で、資金の出入りを「収入」と「支出」に区分し、資金ショートしないように管理します。前月の繰越に当月の収入と支出を加減算して、翌月の繰越を計算します。この翌月繰越がマイナスにならないように管理することが目的です(出典:J-Net21「キャッシュフロー経営の基本」「資金繰り表を活用する」)。構成は、①前期繰越、②収入計、③支出計、④財務収支計、⑤翌月繰越、という5つの区分です。
ここで、前章のキャッシュフロー計算書との違いを押さえておきましょう。キャッシュフロー計算書は財務3表の1つで、過去の資金の流れをまとめたものです。これに対して資金繰り表は財務3表には含まれず、資金不足を防ぐために将来の資金の流れを把握する目的で作ります(出典:J-Net21「資金繰り表を活用する」)。過去を振り返るのが計算書、未来を先読みするのが資金繰り表、という時間軸の違いです。資金繰り表で先手を取れば、融資の交渉もスムーズに進めやすくなります。
入金を月ごとに置く——売上の回収時期は利益の計上時期と違う
作り方の最初は、入金を月ごとに置くことです。ここで注意すべきは、売上の回収時期は利益の計上時期とは違う、という点です。第1章で見たとおり、売上が立った月と代金が入る月はズレます。だから入金欄には、利益計算上の売上ではなく、実際に代金が回収される月を置きます。共通例の会社では、ある月に計上した売上が、翌月以降に分かれて入金されます(金額は例として扱います)。
支払いを月ごとに置く——仕入れ・人件費・税金・返済のタイミング
次に、支払いを月ごとに置きます。仕入れ代金、人件費、税金、借入の返済——これらをそれぞれ実際に出ていく月に置いていきます。特に見落としやすいのが、まとめて大きく出る支払いです。税金はその代表です。
税金の納付時期は、制度として時期が決まっています。法人税の確定申告書は、原則として事業年度終了の日の翌日から2か月以内に提出し、納付も同じ期限です(出典:国税庁「C1-1 法人税等の申告」)。消費税も、課税事業者は課税期間の終了の日の翌日から2か月以内に確定申告と納付を行うのが原則です。課税期間は、個人事業者なら1月1日から12月31日まで、法人ならその事業年度です。ただし、個人事業者の12月31日が属する課税期間の消費税は、期限が翌年3月31日まで延長されています(出典:国税庁 No.6601、No.6137)。
このように、税金は「ある月にまとめて大きく出る」性質を持ちます。賞与のように年に数回まとまって出る支払いも同じです。資金繰り表では、こうしたまとめ払いの月を必ず置いておきます。なお、具体的な税率・税額や納付日付は年度や個社の状況で変わるため、本講座では時期の型のみを示し、金額は共通例の数値(例)として扱います。
月末ごとの手元現金残高を出し、危険月を特定する
入金と支払いを月ごとに置いたら、各月末の手元現金残高を出します。前月末残高に当月の入金を足し、当月の支払いを引く——この繰り返しです。共通例の会社では、売上は伸びているのに、入金より仕入れと人件費の支払いが先に来るため、月を追うごとに月末残高が細っていきます。さらに、まとめ払いの税金が重なる月で残高が最も低くなりました(これらの金額はすべて例です)。この、残高が最も細る月が危険月です。資金繰り表をつくる最大の目的は、この危険月を、それが来る前に特定することにあります。
利益の予算(P/L予算)と資金繰りを混同するつまずき
ここでのつまずきは、利益の予算と資金繰りを混同することです。利益の予算は「いくら儲かるか」の計画であり、資金繰りは「いつ現金が手元にあるか」の計画です。利益の予算が黒字でも、入金と支払いのタイミングがズレていれば現金は不足します。予算と実績の差異を要因分解して管理する手法は予算管理(kouza-027-budget-management)が正本です。本章はそれとは別に、利益ではなく現金の入出金そのものを時間で並べることに絞っています。
この章の確認(演習)
共通例(または自社)の数か月について、入金と支払いを月ごとに並べた簡易な見通しを作ってください。入金欄には実際に代金が回収される月を、支払欄には仕入れ・人件費・税金・返済が実際に出ていく月を置きます。各月末の手元現金残高を計算し、残高が最も細る危険月を1つ特定しましょう。
黒字倒産を防ぐ——入金・支払い・手元資金を動かす打ち手
この章のゴール
手元資金が細る局面に対して、現金を厚くする打ち手を1つ以上挙げられる。
危険月が見えたら、いよいよ手を打ちます。ここで発想を切り替えたいのは、打ち手は「もっと売る(利益を増やす)」だけではない、という点です。同じ利益でも、現金のタイミングを動かせば資金は回ります。打ち手は大きく、入金を早める・支払いを平準化する・手元資金を厚くする、という3方向です。
入金を早める——回収サイトの短縮・前受けで現金を先に動かす
1つ目は、入金を早めることです。販売代金はなるべく短いサイトで回収し、回収を前倒しすると資金繰りは楽になります。売上債権回収サイトが短くなれば資金繰りは楽になり、長くなれば苦しくなる——これが原則です(出典:J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」)。具体的には、回収では前受け(代金の一部または全部を先に受け取る)を取引先に交渉します(出典:J-Net21「黒字倒産とは」)。
支払いを平準化する——支払サイト・分割・まとまり払いへの備え
2つ目は、支払いを遅らせる、または平準化することです。仕入れ代金の支払いはできるだけ長いサイトにすると資金繰りは楽になります。仕入債務支払サイトは、短くなると資金繰りが苦しくなり、長くなると楽になります(出典:J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」)。支払いでは後払いや分割払いを検討し、取引先に交渉します(出典:J-Net21「黒字倒産とは」)。前章で見た税金や賞与のようなまとめ払いに対しては、出ていく月が事前に分かっているのですから、その月の前から少しずつ備えて支払いの山をならしておきます。
あわせて有効なのが、在庫を寝かせないことです。在庫は資金(購入代金)を寝かせていることになるため、当然、資金繰りを悪化させます(出典:J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」)。過剰な在庫を避け、遊休資産や不良在庫を換金処分すれば、手元に現金が入ります(出典:J-Net21「資金繰り改善のための資金調達手段」)。これは、資産を現金化する打ち手でもあります。
手元資金を厚くしておく——余裕資金の確保と早めの資金調達
3つ目は、手元資金そのものを厚くしておくことです。黒字倒産を避けるための原則はシンプルで、手元の現金・預金が支払予定金額を常に上回るようにしておくことです(出典:J-Net21「資金繰り改善のための資金調達手段」)。資金繰り表で危険月が見えているなら、その月が来る前に手元資金を厚くしておきます。
手元資金の不足が見込まれるなら、資金調達も選択肢です。借入は使途に応じて使い分けます。短期の借入(1年未満)は運転資金のような一時的な資金需要に、長期の借入(1年以上)は設備投資のような高額で長期の資金需要に使う——この区別が基本です(出典:J-Net21「資金繰り改善のための資金調達手段」)。前述のとおり、遊休資産や債権を売却して資産を現金化する方法もあります。なお、売掛金を期日前に資金化する手段や短期の借入枠などは費用や金利がかかるため、頼り続ける前提では使いません。日頃から金融機関に情報を開示して関係を築き、複数の金融機関と取引して調達先を多様化しておくと、いざというとき動きやすくなります。
「もっと売る」だけでは解決しない——タイミングを動かす発想
ここでのつまずきは、打ち手を「もっと売る」だけに寄せてしまうことです。売上を伸ばしても、入金が先に細った後では危険月には間に合いません。利益を増やすのとは別の軸として、現金のタイミングを動かす——この発想を持つことが、黒字倒産を防ぐ鍵です。
借入で穴埋め続けると構造問題が見えなくなるつまずき
もう1つのつまずきは、一時的な借入で穴埋めを繰り返し、構造的な問題を放置することです。前章の判断軸を思い出してください。営業の現金が慢性的にマイナスなら、それは本業が現金を生めていないという構造の問題です。打ち手後の手元残高を見直し、それでも恒常的に現金が細るなら、タイミングの調整だけでは足りません。本業そのもので現金を生む力を厚くする必要があります。利益づくりの出発点は会計基礎(kouza-020-accounting-basic)、稼ぎの質を上げる粗利の改善は粗利(kouza-022-gross-profit)が正本です。本章はそこには立ち入らず、現金のタイミングを動かす打ち手に絞りました。
この章の確認(演習)
第3章で特定した危険月に対し、入金前倒し・支払い平準化・手元資金の備えのいずれか1つの打ち手を当ててください。その打ち手を実行すると、危険月の手元残高がどう変わるかを書き出します(数値は例として構いません)。あわせて、その打ち手が一時しのぎか、構造的な改善につながるかを一言で判定してみましょう。
まとめ
利益と現金は別物です。売上が立つ日と代金が入る日、費用を計上する日と支払う日がズレるため、黒字のまま現金が細り、黒字倒産が起こりえます。現金の増減は、営業・投資・財務の3区分で読めば、前向きな減少か危険な減少かを切り分けられます。とりわけ営業の現金が慢性的にマイナスなら、本業が現金を生めていない危険信号です。そして、入金と支払いを月ごとに時間で並べれば、手元資金が最も細る危険月が、来る前に見えます。打ち手は、入金を早める・支払いを平準化する・手元資金を厚くするの3方向。黒字倒産を防ぐ鍵は、利益の額ではなく、現金のタイミングにあります。会社を止めるのは赤字ではなく、現金切れです。
明日の一歩として、自社(または担当している事業)の向こう3か月について、入金と支払いを月ごとに並べ、手元現金が最も細る月を1つ特定してみてください。それが、キャッシュフロー経営の最初の実務です。さらに進んで、キャッシュフロー計算書を含む財務3表の構造を体系的に押さえたい方は、財務諸表(kouza-021-financial-statements)へ進むのが次のステップです。
本講座の特典として、月ごとの入金・支払い・月末残高を記入するだけで危険月が見える「資金繰りの見通しシート」をご用意しています。シートの配布案内と、資金繰りや数字の経営に役立つ実務情報をお届けするメルマガ登録は、こちらからどうぞ。
よくある質問
黒字倒産はどんな会社に起きやすいのか
成長期に売上が急増している会社で起きやすいとされます。売上の伸びにともなって売掛金や在庫が膨らみ、帳簿は黒字でも入金より支払いが先に来て資金繰りが追いつかなくなるためです。
キャッシュフローと資金繰りは同じ意味なのか
近い概念ですが視点が違います。キャッシュフロー計算書は過去の資金の流れをまとめたもの、資金繰り表は資金不足を防ぐため将来の資金の流れを先読みするものです。本講座が重視するのは後者の先読みです。
資金繰りの見通しはどのくらいの期間で作ればよいのか
まずは向こう数か月から始めるのが現実的です。日次や月次で収入と支出を区分し、各月末の残高がマイナスにならないかを管理します。慣れたら期間を延ばし、税金などまとめ払いの月まで含めて見通します。
営業キャッシュフローがマイナスでも問題ないことはあるのか
一時的なら問題ないこともあります。成長期に入金より支払いが先行する局面では、本業が健全でも営業の現金が一時的にマイナスになりえます。ただし慢性的なマイナスは事業継続が難しいことを意味するため、一時的か慢性的かの見極めが必要です。
資金調達は短期と長期のどちらで考えるべきか
資金の使い道で使い分けます。運転資金のような一時的な需要には短期の借入を、設備投資のような高額で長期の需要には長期の借入を充てるのが基本です。日頃から金融機関と関係を築いておくと動きやすくなります。